研究課題
本年度は基礎的な概観作業の続行と、個別研究の深化、および領域横断的な視点からのアプローチの三つの面から研究作業をおこなった。基礎的な概観作業としてはとりわけチュニジアの現代文学について、小説創作活動が活発化した1980年以降の流れを概観した。まず、これまでマグレブ文学をけん引する作家たちとみなされてきた国外在住のムスタファ・トリリ(1937- )とアブデルワッハーブ・メッデブ(1946-2014)に着目する一方、チュニジア内で活躍してきた作家たちの系譜を描いた。ヘーレ・ベージー(1948- )、アッザ・フィラリ(1952- )、ハジェル・ジラーニー(1946-2010)、いずれも女性作家であり、それぞれの立場から社会の現状を批判的に描く作品を創出してきた。他方で、きわめて多作な男性作家アリー・ベシェール(1939- )に、メランコリーを特徴とする知識層向けの大衆小説という動向をみた。さらに新進の若手作家として、「移民文学」の枠に収まらない新たな作品を産出しているフランス在住のヤメン・マナイ(1980- )に注目した。個別研究おいては、エムナ・ベルハージ・ヤヒヤ(チュニジア)のTasharej(2000)の翻訳を出版(邦訳題名『青の魔法』、彩流社)するとともに、この作品を通じた、住民自身によるチュニジア社会の問題点の捉え直しとそれに対峙する姿勢について検討した。また現代アルジェリア文学の始祖といわれるムルド・フェラウンの文学の受容の歴史を概観し、昨年度末の資料調査の成果を生かして、植民地時代から20世紀後半を通じて現代まで、この作家の作品の出版と受容が、旧宗主国の文学界の意向によっていかに偏向されてきたかを検討した。領域横断的な視点からの研究としては、とくに人口学者・家族人類学者であるエマニュエル・トッドの諸著作を通じて、北アフリカ社会の特徴の位置付けを試みた。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、業績欄に記すように、国際学会発表2件(韓国梨花女子大学での招待発表、筑波大学での英語発表)、うち1学会でのプロシーディングズ集への寄稿、共著著作への論文寄稿、チュニジア現代小説史の概観を含むかなり詳細な解説つきのチュニジア現代小説の翻訳刊行などをおこない、さらに招待講演(於:アルジェリア大使館、2015年4月24日)、2件の高校出張授業などをおこない、北アフリカの現代文学状況について、多様な成果発表をおこなうことができた。昨年度に引き続き、勤務校での役職のため研究時間の確保が困難ではあったが、これまでの蓄積の発展のうえに、効率的に研究を推進することができた。中東情勢全般の緊張のために、現地での調査・研究交流をおこなうことはできなかったが、新たに韓国の北アフリカ文学専門家との研究交流を開拓できたことも成果である。
2010年以降現在に至るチュニジア・アルジェリアの文学状況、出版状況についてさらに資料収集や調査研究を続けるとともに、主要な作家の作品分析に力を入れる。チュニジアでは、とくに社会運動家でもある女性作家Hele Beji、新進の若手作家Yamen Manaiに注目しながら、現代状況のなかで、文学を通じてどのような新しいビジョンが打ち出されているのかを探る。アルジェリアについては、ひきつづき現在もなお再発見が大きな意味を持つ北アフリカの古典作家ともいうべきムルド・フェラウンの再定位を試みる一方で、とりわけ、活発な活動を展開しつづけているBoualem Sansalの社会批判的視点を強く持つ作品と評論を研究して、アクチュアルな動向を探る。日本語・英語・フランス語などを適宜駆使して、国内外での成果発表を続行する。
平成27年度中に北アフリカでの調査・研究をおこなうよう当初は計画していたが、中東情勢の悪化により、安全の確保が確実ではないため、韓国での北アフリカ研究者との研究交流(招待発表を含む)に切り替えたため、旅費が大幅に縮小された。その分、書籍購入など物品費を増やして研究を推進した。
平成28年度は当初の予定通り、資料の収集、成果発表、研究遂行に必要な基礎的機器の購入などに経費を使用するほか、北アフリカから来日する研究者との研究交流にも経費を使用する。
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Proceedings of TJASSST2015(Tunisia-Japan Symposium on Society, Science & Technology)
巻: 2015 ページ: 1-5