研究課題/領域番号 |
26370423
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
青柳 悦子 筑波大学, 人文社会系, 教授 (70195171)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 国際研究者交流 / アルジェリア:チュニジア / 北アフリカ / フランス語圏文学 / ポストコロニアル / 世界文学 |
研究実績の概要 |
本年度は、個別研究の深化を中心としつつ、文学状況全般についての把握を深める研究作業をおこなった。 チュニジアについてはとりわけ、若手作家のヤメン・マナイYamen Manai(1980- )に着目し、2008年発表・2010年再刊の小説『不確実性の歩み』La Marche de l'incertitudeと、2011年刊行の小説『イブラヒーム・サントスのセレナーデ』La Serenade d'Ibrahim Santosについて検討を行った。チュニジア出身のマナイは理系の優秀なエンジニアとしてフランスの大手企業に勤務するかたわら小説執筆をおこなっている異色の作家である。哲学的な深みや豊かで繊細な詩的感性を作品の特徴としながら、読者を楽しませるエンターテインメント性が強く、新しいタイプの北アフリカ系文学と言える。中米の架空の村を舞台としながら、国民が大統領を追放したチュニジア革命を予見するような内容の第二作に顕著なように、歴史性や地域性を普遍的でかつ軽妙な仕方で表現するスタンスに着目した。こうした研究内容をマグレブ文学研究会において発表し、意見交換を通じて、問題意識や視野を広げた。 アルジェリアについては、現代アルジェリア文学の始祖といわれるムルド・フェラウンMouloud Feraoun(1913-1962)を素材に、現在に至るまで、文学研究がいかに事実や作品のありようを歪曲してまで偏った見方を再生産し続けているのか、その様態とメカニズムを精緻に研究することで、北アフリカ文学を位置づける周囲の体制そのものを相対化するよう試みた。これに関する成果として論文3本、口頭発表2件(うち英語での国際会議発表1件)、翻訳1点(『貧者の息子』水声社)を生み、さらにアルジェリ人5名、韓国人4名を招聘しての日本初のアルジェリア文学をめぐる国際シンポジウムを開催した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、論文3点、口頭発表3件(うち1件は国際会議での英語発表)のほか、詳細な注と解説つきの小説翻訳1点を成果として上げることができたことに示されるよう、これまでの蓄積を発信して、大きな手ごたえを得ることができた。 論文ではとりわけ、70ページに及ぶ論考「『貧者の息子』の語り(1)――物語における現在形の多様な効果」を刊行して、北アフリカ文学を通じてナラトロジー研究の諸論点を一歩先へと進める着実な議論を提供できたことが大きい。また口頭発表では、韓国のプサン外国語大学で行われたアジア・地中海研究所(AFOMEDI)主催の国際シンポジウムに参加して発表を行い、参加したさまざまな国の研究者から申請者の研究内容に対する非常に強い関心を引き出すことができた。 また、マグレブ文学研究会ではチュニジアの新進作家をめぐる研究を他の研究者に問い、これまで議論されたことのない現代作家についての研究を推進する大きな機会とすることができた。 さらに、2017年3月には、日本初のアルジェリア文学をめぐる国際会議を開催した(東京で2日間、さらに鹿児島で1日のワークショップ)。東京大学でのシンポジウムでは、両日にわたってアルジェリア大使の列席を得るなど、高い反響を得て、非常に活発な研究交流と啓発の場とすることができた。申請者は全体の運営と招聘講演者2名の講演通訳をおこなったほか、フェラウンをめぐるすぐれたドキュメンタリー映画(カビリー語)に日本語字幕を付けて上映するなど、多角的な研究貢献をおこなった。また、翻訳小説の刊行とこのシンポジウムを記念して、申請者のインタビューがアルジェリアの最有力フランス語紙に2面にわたって掲載され、社会的意義の大きさを痛感した。 このように研究実績の積み重ねを通じて、申請者の研究内容および北アフリカ文学研究という分野そのものへの認知と評価を確実に高めつつある。
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今後の研究の推進方策 |
2000年以降およびその背景として1990年代から現在に至るチュニジア・アルジェリアの文学状況について、作品研究にも重点をおきながら資料収集や調査研究を続行する。 とくにチュニジアについてはさまざまな現代女性作家の動向に着目する。 またアルジェリアについては、鋭い社会批判をおこない続けている現代作家ブアレム・サンサルの文学活動全般に着目して、研究を進める。 チュニジアおよびアルジェリアの社会が経験している2011年以降の情勢変化の分析をおこないつつ、総合的に文学状況を捉えるよう試みる。 北アフリカでの現地調査が難しい場合は、情報収集は別のかたちでおこない、現地の文化人や研究者とのつながりを最大限に活用しながら、研究を推進する。また研究発表場所については波及効果を重んじながら柔軟に検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度中にチュニジア・アルジェリアへの渡航調査をおこなうよう当初は計画していたが、中東情勢の悪化がますます深刻となり、安全の確保が確実ではないため、現地への渡航を断念し、国際発表については韓国で開催された地中海学会への参加に切り替えるとともに、他の経費での招聘による研究交流に代替したため、旅費が縮小された。その分、書籍等資料の購入を増やして研究を推進した。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度も引き続き、世界情勢をにらみながら研究活動を適切に調整し、現地への渡航が難しい場合は、他の場所での研究発表や、業者を通じた購入による資料収集、研究遂行に必要な機器の購入、研究成果発信等のための人件費(謝金)などを増やして研究を推進する。
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