研究課題/領域番号 |
26370425
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研究機関 | 京都工芸繊維大学 |
研究代表者 |
JULIEBROCK P. 京都工芸繊維大学, 工芸科学研究科, 教授 (70293983)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 国際情報交換 / フランス / 万葉集 / 翻訳学 / 恋歌 / 風土 / ゆふだたみ / 孤悲 |
研究実績の概要 |
『万葉集』の和歌における枕詞、掛詞、序詞に関する三つの研究発表を行った。 ①「『万葉集』における恋の祈り―「乞ふ」と「恋ふ」を翻訳する」(翻訳実践と理論の研究学会(SEPTET)主催の国際シンポジウム「聖なるものを翻訳する」、アルトワ大学、5月22日)。第3巻第380番歌を扱い、枕詞「ゆふだたみ」に焦点を当て、この枕詞と「手向」山との結びつきによって、和歌が聖なる世界と俗なる世間とを結びつける象徴的な境を喚起していること、また神に祈りを捧げると同時に恋人に恋を打ち明けているような歌が、身体の欲望と心魂の願望とのあいだの結びつきを生むことを示した。 ②「『万葉集』における「孤悲」の表現―そのフランス語訳についての一考察」(日本比較文学会第50回関西大会、11月22日)。第4巻第560番歌および第9巻第1778番歌を取り上げ、「孤悲」という孤独と悲しみを意味する漢字二字からなる古語をどう解釈し、フランス語に訳すべきかについて論じた。また「踏み平す」の表現に着目し、「平す」は「鳴らす」に通じることから、悲しみのなかにも喜びの響きが潜んでいることを示した。 ③「『万葉集』の一首に見られる、エクメーネ的視点、つまり詩人が自己の内面と外界の様子を結びつける視点」(社会科学高等研究院(EHESS)、日本学研究センターのセミナー「風土学」、3月13日)。第8巻第1617番歌に焦点を当て、物象、心象とつなぎ詞の分析を通して、内面世界が外界の風景に当てはめられて描写されることを示し、詩の主体を包む風景が同時にまた詩の主体によって包まれてもいるような、和歌が提起する哲学的、詩的、存在論的意味合いについて考察した。 なお、2011年のフランス比較文学会での発表に基づき、「翻訳の重要な基準としての美学的観点―上代和歌2首を現代語訳、フランス語訳と比較して」と題した論文を出版した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに達成された研究によって、今後、複数の論文出版が期待される。既に5つの出版が予定されている。①2012年2月にメス大学にて行われた、芸術作品における「生の作用」についての研究会に基づいて、『芸術的形式とその受容の質』と題した本が2015年秋にオノレ・シャンピョン出版から刊行される(拙論「枕詞―日本的な美の基盤」)。②2014年5月の発表に基づいて、SEPTETが刊行する研究誌『聖なるものを翻訳する』(ガルニエ出版)に、「『万葉集』における恋の祈り―「乞ふ」と「恋ふ」を翻訳する」と題する論考を掲載。③2015年3月の発表内容を、主宰者オーギュスタン・ベルクの「風土学」ホームページに掲載。④京都工芸繊維大学学術報告書に論考「春の日を愛でる言葉「菅の根」―万葉集における動詞「こひわたる」と助詞「を」の働きに関する一考察」を掲載。⑤2015年11月の発表内容を万葉文化館共同研究の年報に掲載。 平成26年度中に、『万葉集』研究の専門家である駒木敏氏と西澤一光氏にインタビューを行い、実り多い対談を実現できた。今後も両氏をはじめとする専門家へのインタビューを行う予定である。両氏の評価によれば、『万葉集』に関する翻訳についての本研究は『万葉集』研究にとって革新的なものであり、日本的なものと普遍的なものを見極めるためには、『万葉集』研究に今後、不可欠な視点として貢献するものだ、ということである。 以上の期待される成果によって、本研究は『万葉集』の日本および世界における研究に独自の貢献を成すものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度:詩には語および文法を解読して得られる言語学的な意味と、詩に詠われているものとの共感によって把握される人間学的な意味の二つがあり、その二重の意味合いについて理論的な研究を行う予定である。 第一に、上代文学会大会(5月17日)にて、「『万葉集』における恋の表現について―翻訳を試みて」と題して研究発表を行う。具体的には、和歌に用いられる語彙や文法、修辞の分析から、万葉の歌人がどのように世界を知覚し、その心象を形作っていたか、について考察する。 第二に、国語国文学会第111回大会(6月6日、7日)にて、「和歌の表現の巧みさをどのように翻訳するか―『万葉集』の一首の和歌における同音異義語のはたらきを例に」と題して発表を行う。具体的には、枕詞「うちひさす」と同音異義語「みちゆく」に焦点を当てて分析する。ディドロの『盲人書簡』に基づいて、和歌の文法的側面と心情の側面を「二重化した光」というディドロ的イメージとして捉え、二つの異なる意味を含む言葉によって描き出される、現実と想像の二つの世界を明るみに出したい。 第三に、奈良県立万葉文化館第5回主宰共同研究「海外における記紀万葉の受容に関する研究比較―翻訳にあらわれる日本文学の特色について」第8回共同研究会(11月7日)にて、「『万葉集』の「おほほしく」をどう解釈し、フランス語に翻訳するのかについて」と題して発表を行う。具体的には、万葉仮名による「おほほしく」の多様な表記を吟味しつつ、朧げな景色や曖昧な知覚を喚起するこの極めて日本的な表現が、いわば曇っていると同時に透き通ってもいるヴェールの役割を果し、恋の出来事を隠すと同時に露にするものであることを示す。 平成28年度:詩の理解には日常の言語使用に留まらず、詩の内奥で、共感を通してその意味を掴む必要があり、そこに翻訳学の意義が見出されることを明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
差額119円は誤差程度だと考えております。
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次年度使用額の使用計画 |
差額119円は誤差程度だと考えております。
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