日本語,フランス語,英語のいずれにおいても,小説の地の文を典型例とするような過去の語りに,「いま」,「ここ」のような発話者を基準とする表現,いわゆるダイクシスが出現する.しかし,これらが作家の「いま」,「ここ」を指向するものでないことは明らかである. 日仏英で一見全く同種に思われるこの現象であるが,頻度においてもその出現様態においても,3言語は興味深い相違をも示し,これは対照研究の魅力的なテーマたりうるものである.また,やはり過去の語りに現れる空間ダイクシス,直示動詞,モダリティ副詞などは,この時間ダイクシスの現象と密接に関連すると考えられるが,ほとんど研究が行われていない.さらに,これまで個別の研究対象として扱われてきた自由(直接・間接)話法,歴史的現在形の出現メカニスムも,この現象と同一の原理によって説明されうる可能性がある. 本研究は,語り中に潜在する疑似主体の仮説により,これらのダイクシス,「いく」,「くる」のような直示動詞,モダリティ副詞,自由(直接・間接)話法,歴史的現在形に統一的説明を与えようとする試みであった.また対照研究により,当該3言語における疑似主体のあり方の違いを明らかにすることをめざした. 最終年度は,前年度までの成果を踏まえて,特に自由(直接・間接)話法と歴史的現在形についてデータの収集を継続し,理論的考察を加えた.過去の語り中の時間ダイクシス,空間ダイクシス,直示動詞,モダリティ副詞,自由(直接・間接)話法と歴史的現在形の全体について,疑似主体現象という観点から,統一的な仮説を構想した. 研究成果については,国内の諸学会やび国際ロマンス語言語学文献学会で発表を行った.現在これらの成果について,日本語,フランス語,英語を用いた専門研究書籍,および日本語での一般向け概説書の刊行に向けて準備を行っている.
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