研究課題/領域番号 |
26370450
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
金子 真 岡山大学, 社会文化科学研究科, 准教授 (00362947)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | modal indefinites / implicatures / positive polarity / contrastive topics / rescuing effects / paraphrase of quotes / bare coordination / non-uniform plurality |
研究実績の概要 |
本研究の目的は「ダレカ学生が来た」といった例における日本語の不定表現の統語的・意味的特徴を明らかにすることである。特に「話者は指示対象を同定できない」という意味が、語彙的な意味か、語用論的に生じる派生的意味か、明らかにすることを目指している。この問題に関連して、不定表現の肯定極性についての検討を行い、次の結論を得た:英語のsome等についての先行研究は、肯定極性を不定表現に内在する語彙的特性(cf. 2重の否定特性、特定性、尺度含意not allの文法化)に帰することが多いが、日本語の不定表現の肯定極性は、特別な語彙特性により生じるというよりは、外部の要因が組み合わされて生じる派生的現象である。 記述的には、ダレカ等は次のような特異なふるまいを示すことを明らかにした:英語の肯定極性項目someと同様、i) 同一節中の否定より広いスコープをとり、ii) 従属節にあるとき主節の否定より狭いスコープをとり、iii) いくつかの下方伴立環境では救済効果を示す(同一節中の否定より狭いスコープをとる)。しかしsomeと異なり、iv)介入効果を示さない(同一節中の否定と不定表現の間に他の量化詞が介在する場合でも、否定より広いスコープをとる)、v) 発言・思考動詞のト補文節では救済効果を示さない。 そして、こうした現象を説明するには次の3つの外的要因を考慮する必要があると論じた:①日本語の否定辞ナイは動詞の接尾辞として現れ、そのスコープは基本的に直前の動詞にしか及ばない;②否定文中でより強い尺度含意を持たない不定表現は対照主題と共起しにくく、否定の焦点となりにくい;③日本語は複数の補文標識(ノ、コト、ト等)を備え、それぞれ補文に異なる意味的タイプを指定する。ト補文節は、英語のthat補文節と異なり、「命題」ではなく「他者の引用のパラフレーズ」を表し、真理条件的に主文事態とは独立である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の報告書中の「今後の推進方策」に記した2つのテーマ、すなわち不定表現の肯定極性、無冠詞名詞の等位接続、についての研究を進展させ、論文にまとめ一定の成果を挙げることができた。そのうち不定表現について、過去2年の研究において、意味的特徴については記述面でも理論面でも一定の進展は得られたのに対し、統語的特徴についてはまだ考察が深まっていないが、下記「12.今後の推進方策」で示すテーマを探求することにより、研究を進展させることができると考えている。 一方、無冠詞等位接続についても、「13.研究発表」に記した2つの論文とともに、仏語の無冠詞等位接続と日本語の複数形タチとの平行性を主張する論文をまとめ、次のような仮説を提案した:仏語ではles frères et soeursのように冠詞がつくと、メンバー間の区別は中和され同質性が強調される。無冠詞等位接続は、そうした冠詞の使用に伴う同質性の表現を避け、メンバー間の対比と異質性を示すための構文である。そしてこの仮説の論拠として、locataires et propriétairesなど、意味的に対立するメンバーを指示し、通常は無冠詞の方が冠詞を伴う場合より容認度が高い等位接続が、制限関係節を伴い同質性が明確になると、無冠詞の場合と冠詞を伴う場合の容認度が逆転することを挙げた。 さらに、A)日本語が冠詞を持たず、異質なメンバーからなる複数性を表す結合複数形式を持つことと、B)仏語では項位置の名詞には、冠詞の使用がほぼ義務的であり、結合複数形式を持たない、ことは鏡像的関係をなすと示唆した(ただしハンガリー語など冠詞体系を持ちつつ結合複数形式を持つ言語も存在することも指摘した)。そしてこの観点からすると、無冠詞等位接続は、仏語において「異質なメンバーからなる複数性」を明示化する稀な構文であると指摘した。
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今後の研究の推進方策 |
モーダルな不定表現について、今年度は次のような研究を実施する予定である。モーダルな不定表現は、イタリア語のun qualche、スペイン語のalgún、ドイツ語のirgendeinなど不定冠詞 (数詞「1」と同じ形態を持つ) を含むものが多い。英語のsomeも不定代名詞someoneとともにsome one universityといった表現も許容するが、*one some universityといった語順は許容されない。日本語でも、「誰か1人の親友がいれば、大抵のことは耐えられる」、「ダレカ1人学生が来た」といった表現が可能であるが、「*1人のダレカ友達」、「??1人ダレカ学生が来た」といった語順は容認度が低いようである。このような数詞「1」を含む、あるいはそれと関連付けられる例における、各国語のモーダルな不定表現のふるまいを様々なテストを用いて検討することにより、その形態・統語的違いを明確化すると同時に、形態・統語的側面と意味的側面の関連についてもさらに深い理解を得ることができると考えている。 具体的には、現在次のような見通しを持っている:各国語のモーダルな不定表現において、「非同定」の意味は共通しているが、その意味を喚起する部分の形態・統語的なあらわれはかなり異なっている(スペイン語、ドイツ語では決定詞の中に組み込まれているのに対し、イタリア語では形容詞と同様に分析でき、日本語では付加詞位置に生じていると考えられる)。このことは、非同定の意味が全面的に語彙的なものでなく、語用論的推論が合わさって生じるものであることを示唆する。 さらにこうした問題を、各言語のモーダルな不定表現の、通時的な成立過程と合わせて検討したいとも考えている。
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