本研究は、岩手方言における自発・可能表現であるラサル形式の形態統語論の観点から、日本語の態関連現象の統一的分析に接近しようとする試みであり、相互に関連した3つの個別的な研究課題から構成されている。最終年度である28年度は、これまでの研究の総括を行うと同時に、方言横断的考察の射程を拡大し、ラ抜き言葉の浸透が先進的な東海地方における(いわゆるレ足す言葉を含む)可能動詞表現について検討を行った。実施された研究の概要は概ね次の2つに大別される。まず第一に、岩手方言におけるラサル形式のうち、「ビールをいっぱい飲まさった」のような、佐々木(2016)が「非正規用法」と呼ぶ他動詞目的語が対格を伴って表出される事例、および、「(海を見たら)思わず走らさった」のような非能格動詞を含む事例、さらに、「募金が集まらさった/atsum-ar-as-ar-ta/」のような、接尾辞arが二重に生起している事例について、重層的動詞句動詞句における2つのVoice主要部の存在を仮定することで、統一的な説明を与えた。第二に、「ラ抜き」を容認する話者にどのような文法的メカニズムが備わっているのかという観点から、岩手県在住の成人を対象とした非ラ抜き方言話者に対する質問紙調査を実施し、音節数が揃った動詞群内で「ラ抜き」が適用された場合、自他交替における形態的示唆性が、ラ抜き言葉の容認性に統計的な有意差をもたらすとの結果を得た。そして、ラ抜きが適用される動詞の音節数の問題とは、実際には、ラ抜き言葉の形態統語的性質に由来する「見せかけの」一般化であることを明らかにした。
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