研究課題/領域番号 |
26370457
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
北原 久嗣 慶應義塾大学, 言語文化研究所, 教授 (50301495)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 言語学 / 統語論 / 生成文法理論 |
研究実績の概要 |
生成文法理論では、言語の多様性は生得的に具わる普遍的特性をパラメータ化することによって捉えることができると考えられてきた。日本語と英語の統語構造の違いを例にとれば、他動詞が目的語を必要とすることは普遍的特性であるが、動詞が目的語より前にくるか ( [John [bought [flowers]]] )、後にくるか ( [太郎が [[花を] 買った]] ) は、主要部のパラメータ値 ([+主要部先行][-主要部先行]) に還元された。しかし、普遍的特性をパラメータ化する試みは記述的な特徴づけに留まり、普遍的特性をパラメータ化することの概念的問題は手つかずのままであった。
この問題意識のもと、平成27年度は、日本語と英語にみられる統語構造の多様性、具体的には語順の問題を再検討することから始めた。これまでの先行研究によって、動詞句を例にとれば、動詞が目的語より後にくるか前にくるかで異なるが、これは動詞の位置のみならず、名詞が関係節の後にくるか前にくるか、後置詞が存在するか前置詞が存在するかというように、日本語と英語にみられる統語構造の多様性は、厳しく制限された鏡像関係 (Kuroda 1988, Saito 2012) を示すことが明らかにされていた。そのようななか、本研究では、この厳しく制限された鏡像関係の背後にある法則性の解明を試みた。具体的には、個別言語の語彙項目にパラメータ化の対象となり得る特性を追求するなか、併合の適用手順に厳しい制限を加える最適性条件を明らかにし、日本語と英語の間に成立する統語構造の鏡像関係を、個別言語の語彙項目の特性が併合の適用手順に及ぼす影響から演繹的に導き出せることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度の研究成果から、統語構造の普遍性と多様性の問題に取り組むためには、パラメータ化の対象となり得る語彙項目の特性を明らかにし、その特性から併合適用手順の関係を再検討することが必要であることが分かっていた。この問題意識のもと、平成27年度は "A Minimalist Program for Linguistic Theory" (Chomsky 1993) 以降、併合がどのように定式化され、どのように適用されてきたのか、そして現在のミニマリスト・プログラムの枠組み (Chomsky 2007, 2008, 2013, 2015) では、併合はどのように定式化され、どのように適用されているのか、これら併合の定式化について歴史的な発展経緯を踏まえながら詳細な検討を加えた。この作業を通して、パラメータ化の対象となり得る語彙項目の特性が、厳密に定式化された併合の適用手順に制限を及ぼしているという知見を得ることができた。具体的には、パラメータ化の対象となり得る語彙項目の特性、厳密に定式化された併合の適用手順、そして(音声化を含む)表出する際に生じる制約、これらの三つの関係を明らかにすることで日本語と英語の間に成立する統語構造の鏡像関係を導き出せることが示されていた。日本語と英語の間に成立する統語構造の鏡像関係を演繹的に導き出す新しい分析の可能性は、今後の研究に大きな影響を与えるものである。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度の研究成果を踏まえ、平成28年度は、個別言語の語彙項目にパラメータ化の対象となり得る特性を追求する研究をさらに推し進める。具体的には、個別言語の特性として表出される観察可能な部分を詳細に検討し、その特徴をパラメータ化の対象となり得る語彙項目の特性に還元することを試みる。その際、パラメータ化の対象となる語彙項目の特性をごく限られた素性に制限することが、普遍性と多様性の問題を解く上で欠くことのできない条件となるであろう。また併合の適用手順に厳しい制限を加える最適性条件の研究を推し進める。具体的には、原則自由適用でありながら、併合が実際にとる適用手順を明らかにし、その際の最小計算の働きを明らかにすることを試みる。さらにChomsky (2013, 2015) が展開している併合とラベル付けに基づく統語構造の分析についてその理論的帰結を詳細に検討する。併合とラベル付けはいずれも普遍的操作であるが、本研究が追求するパラメータ化の対象となり得る語彙項目の特性とこれら普遍的操作の関係から統語構造の多様性を導きだすことを試みる。
平成28年度は、本研究に関係する領域で重要な研究成果をあげているNoam Chomsky、Samuel D. Epstein両教授を訪問し専門的知識・意見の交換を行う予定である。また同様に重要な研究成果をあげているT. Daniel Seely教授を米国から招聘し「併合操作の可能性」というテーマのもとセミナーを開催する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
英国を起点とした研究活動のための国外出張旅費として使用することを予定していたが、本研究の進展を鑑み、平成27年度は国内での研究に集中したため次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度は、本研究に関係する領域で重要な研究成果をあげているNoam Chomsky, Samuel D. Esptein両教授を米国に訪問し専門的知識・意見の交換を行う予定である。また同様に重要な研究成果をあげているT. Daniel Seely教授を米国より招聘しセミナーを開催する予定である。それぞれの計画を遂行する際に必要となる経費として使用することを予定している。
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