研究実績の概要 |
本研究では,日本手話におけるWh疑問文を取り上げ,自然言語に普遍的な統語理論の観点から,その統語的性質を記述し分析した。特に,Wh要素が文末に生じるWh-final文や,同一のWh要素がいわゆる元位置と文末の両方に生じるWh-double文に注目し,その派生を検討した。平成28年度は本研究期間3年の最終年度であり,以下の研究成果を学術誌に報告した(Lingua vol. 183, pp. 107-205)。 Cable(2010)が提案した音声言語一般におけるWh疑問文の派生に従えば,日本手話のQ-particleは,音声言語と同様な節の終端部(即ちFocus[+Q]主要部)に移動していると考えられ,手話言語特有の構造や派生を仮定する必要はない。日本手話のQ-particleの形態が日本手話のWh句と従来言われてきたものと同一と見なせば,日本手話の語順からしてWh-final文が生じる。 また,Wh-double文については以下の分析を示した。手話言語の特性として,音声言語に比べて単位時間当たりの情報処理量が多いことが,従来報告されている。そのため,移動の元位置にあるコピーが音声化(具現化)される選択肢が許されると考えるのは自然であり,これによりWh-double文も許されると考えられる。 以上の分析は,日本手話のWh疑問文では,語順は音声言語に見られない特異なものでも,構造は自然言語一般に共通するものであることを示している。同時に,移動の連鎖における音声化(具現化)といった専ら言語の外在化に関する点においては,手話という言語出力形式に依存した選択肢が許容される可能性も提示した。 したがって本研究は,日本手話のWh疑問文を通じて,自然言語の普遍的性質と,外在化に関わるある言語固有の性質とが,それぞれ統語的性質のどのような側面に見出され得るかを示唆するものであると言えよう。
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