研究課題/領域番号 |
26370463
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研究機関 | 南山大学 |
研究代表者 |
青柳 宏 南山大学, 人文学部, 教授 (60212388)
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研究分担者 |
中嶌 崇 富山県立大学, 工学部, 准教授 (80288456)
高橋 英也 岩手県立大学, その他部局等, 准教授 (90312636)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 分散形態論 / 重層的動詞句 / 動詞化素 / 自他交替 / ボイス / 形容詞派生動詞 |
研究実績の概要 |
課題A(言語横断的研究)については、二重補部非対格動詞構文に着目して研究を進めた。日本語には二重目的語他動詞(例:~ガ~ニ~ヲ渡す)に対して、2つの補部を残し、形態的には有対自動詞である二重補部非対格動詞(例:~ニ~ガ渡る)がかなり生産的に存在する。この構文の興味深い点として、(i)従来「主語性」のテストとして用いられてきた「自分」の束縛と尊敬語化が異なる結果を示すこと、(ii)この動詞は語根の多くにarが付加していることが判明した。さらに、自他交替では日本語とほぼ同様の生産性を示す韓国語においては二重補部非対格動詞は極めて少ないことが調査により分かった。 課題B(方言横断的研究)は、東北・北海道方言のラサル形式が動詞化素(v)+Cause+Voiceという3層の機能範疇からなるv-システムの具現であるという仮説を検証しようとするものである。前年度の研究によって得られたar自動詞の分析に基づいて、ラサル形式の形態統語的特徴を明らかにした。まず、「集まる→集まらさる」のような、ar自動詞を入力として派生されるラサル形式を中心に検討を行い、岩手方言と福島・山形といった他の東北方言との比較検討も行った。さらに、下一段動詞の可能動詞化としてのラ抜き言葉とレ足す言葉の容認性に関する予備調査を行い、いわゆる「両極化のe」を含む接辞eの統一的な分析への足がかりとした。 課題C(通時的研究)では、形容詞語根の動詞化素(v)であるmとkを検討した。m-派生はものに固有の性質を述べる形容詞を動詞化し(例:固い→固まる/固める)、k-派生では 感情や反射的感覚を述べる形容詞を動詞化する(例:痛い→痛がる)ことを明らかにした。また、k-派生ではkが有声化されgになるが、動詞の「痛がった」で有声化が起こり、形容詞「痛かった」で起こらないのは、それぞれのv-システム構造の違いに起因することを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題研究は平成27年度まで(2)おおむね順調に進展しているといえる。 課題Aは、日韓語のv-システムの違いを明らかにすることを目標としているが、自他交替現象のひとつである二重補部非対格動詞が日本語において生産的であり、韓国語では生産的でないという事実が、前者のサセ・ラレという使役・受動化素が「統語的」なものであるのに対し、後者のそれら(いわゆるi, hi, li, ki)が「語彙的」なものであるという従来の見方では説明ができないことを明らかにした。加えて、日本語の二重補部非対格動詞構文におけるニ格句の「自分」束縛と尊敬語化における振る舞いの食い違いそのものが、本研究課題の中心テーマである重層的なv-システムが存在するということを強く示唆しているといえる。 課題Bでは、接辞arを含む自動詞とラサル形式との比較検討を行った結果、接辞arがv-システムを構成する機能範疇の多様性に応じた統語的分布を示すために、本動詞アルが持たない「到達」という語彙的アスペクトを獲得し、かつ、属性可能・自発・状態変化という多様な事象を表すことが可能となるという結論に至った。この結果、岩手方言にみられるラサル形式と福島方言や山形方言にみられる自発・属性可能・受身を表すar自動詞との対比も射程に収めることが可能になった。ただし、当初予定していたラサル形式に関する大規模な質問調査を少数を対象とした聞き取り調査に置き替えた一方、可能動詞化接辞eの予備的な調査を行ったため、計画の細部において若干の変更が生じた 課題Cでは、いままで理論的研究でほとんど取り上げられることのなかった形容詞を語根とする動詞の派生について、その輪郭を示した。特に、m-派生については、動詞自他の交替現象において特定の動詞にその分布の偏りが見られることから、日本語史におけるある一時期に生産性が高かったことが推定できる。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度までの研究実績を踏まえ、本年度は各研究課題がつぎのような問題に取り組み、さらに3つの課題研究の取りまとめを行う。 課題Aは、二重補部非対格動詞がなぜ日本語では生産的であるのに対して韓国語ではそうでないのかをv-システムとの関連で論じるのが目標である。また、日本語の自他・ボイス交替(あるいは、釘貫1996のいう「語幹増加」)がs/rという子音によって実現されるのに対し、韓国語ではそれがi/uという母音によって実現されることの意味を検討する必要がある。 課題Bでは、本動詞アルと、これと同形でありながら自動化素でもあり、ラサル形式にも含まれるarの総合的分析をさらに深める。また、岩手方言のラサル形式と福島・山形方言のar自動詞には意味・用法に重なりがあるが、これらの比較検討を進める。さらに、可能動詞化接辞でも両極化接辞でもあり、歴史的には下二段動詞の一段化に用いられたeという接辞の本質を追究する必要もある。 課題Cでは、前年度の研究で動詞派生の手法を形容詞語根に応用する形で動詞化が可能になったとの仮説を提案したが、m-派生がどのように形容詞の動詞化に関わったかをより詳細に検討する必要がある。さらに、このプロセスがなぜ名詞に起きにくいのかとの疑問も湧く。英語では比較的自由に名詞が動詞化されることが知られている(例:book, shelf, cap 等)が、日本語では「ググる」のように一部の外来語に限られている。この現象は日本語の語彙素性がどのように構成されているかに関して重要な知見を与えてくれる可能性がある。 さまざまな要因により当初の計画通り研究が進まない可能性もありうるが、本研究チームはお互いの研究内容をよく理解しているので、適切な助言を与え合うことが可能である。さらに、それぞれの課題と関連した分野の研究者を招聘して専門的知識の提供を受けることも積極的に行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度は研究成果発表のためのワークショップの開催を予定しているため、研究費の大部分は研究代表者の所属機関に配分される。そのため、研究分担者2名が2016年5月に予定してる海外研究出張の経費の一部に充てる目的で27年度の研究費から一部を繰り越した。
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次年度使用額の使用計画 |
研究分担者2名が2016年5月13日~15日にCentral Connecticut State University (New Britain, CT, USA)で開催されるthe 12th Workshop on Altaic Formal Linguisticsにて研究発表を行うために出張するので、その経費の一部として使用する予定である。
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備考 |
高橋英也(2015)「日本語の存在・所有形式におけるイル・アル交替現象」Liberal Arts, Vol. 10, 85-100のURL: https://www.researchgate.net/publication/302418749_The_Syntax_of_Existential_and_Possessive_Sentences_in_Japanese
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