日本語には、voicing について音声学的には規範的とはいえない調音が存在する。例えば母音でいえば無声化母音がこれに相当し、子音であれば有声促音がこれに該当する。母音は口腔内で気流の妨害を起こさない調音であり、それ故に音源は口腔内摩擦音源ではなく、声帯振動でなければならない。しかし無声化母音はこの声帯振動を音源としない母音の調音であり、実際に何が無声化母音の音源なのかが明確には特定されてこなかった。本年度は、エレクトロパラトグラフィと光学的グロトグラフィを用いて、無声化母音の調音特徴に関する生理学的実験を行った。一方、日本語の促音は基本的に無声子音が後続し、有声子音が後続することはない。しかし、九州方言などでは有声音に先行する促音が頻繁に観察される。こうした有声促音の特性についても、その喉頭制御の特徴について同様の実験手法で検討を行った。 実験の結果、無声化母音の実体が「口腔内で気流の妨害がない」という特性を持つ母音ではなく、一種の摩擦音であることが明確となった。特に、歯茎摩擦音・歯茎破擦音・硬口蓋歯茎摩擦音・硬口蓋歯茎破擦音に後続する無声化母音は、いわゆる硬口蓋から軟口蓋までの空間で調音される母音とは異なる性質を持つ。このことは、日本語のタ行やダ行が狭母音の前で破擦化する理由とも関連していると思われる。一方、促音については、喉頭制御に様々なパターンが存在することが明らかとなった。無声子音に先行する促音では声門の拡大が観察される一方、鼻音や母音に先行する促音では声門閉鎖が行われていた。このことは、日本語の無声性が [+spread glottis] という素性によってもたらされるのではなく、[-voiced] という素性によってもたらされることを示している。
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