研究課題/領域番号 |
26370469
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研究機関 | 尚絅大学 |
研究代表者 |
畠山 真一 尚絅大学, 比較文化学部, 准教授 (20361587)
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研究分担者 |
和田 礼子 鹿児島大学, 学内共同利用施設等, 教授 (10336349)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 文法化 / 方言アスペクト / 日本語史 |
研究実績の概要 |
2015年度は,熊本北部方言,高知東部方言,および奈良時代から室町時代の言語データに基づき,西日本諸方言のシヨル形の用法が,「結果維持」から発達したこと,および共通語のシテイル形の文法化に関しても,同様に「結果維持」から発達したという分析を提案した。 2014 年から 2015 年にかけて,熊本方言 (熊本市,山鹿市,熊本市,阿蘇市から採取) および高知東部方言 (高知市,香美市,日高村から採取) をターゲットに,若年層,中年層,老年層の三世代に渡って採取した結果,老年層で観察されるシヨル形の「結果維持用法」(「座った状態が維持されていることを表現する「座りヨル」など) が衰微してきていることが明らかになった。 さらに2015年度は,シヨル形と形態的に類似している奈良時代語のシヨル形と形態的に同一の構造を持つ「動詞の連用形+ヲリ」の用法を調査し,多くの「動詞の連用形+ヲリ」の用法で姿勢状態が変化した後の結果状態と着座状態 (ヲリが表現) がオーヴァーラップしていることを見出した。このようなデータから,シヨル形の最も古い用法として「結果維持」を認めるべきであるという主張を行った (KLS 36 に掲載予定)。 (2) に関して言えば,日本語の存在動詞イルが着座状態を意味する古典語のヰルから発生したという金水 (2006) の議論に立脚し,奈良時代語における「シテヰル」から平安から室町時代にかけての「シテヰタリ」の用法を調査し,先のシヨル形の議論と並行的に「着座状態とオーヴァーラップする状態維持」が起点となっていることを明らかにした。そして,この文法化に,本来的に態勢変化動詞であったヰルが,その「変化」の局面が剥奪されて,存在動詞化したという出来事が,重要な役割を果たしていると主張した (MLF 2015で発表)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
調査の進捗状況と分析の進捗状況について述べる。 現在までに,熊本県内の方言調査は,阿蘇を除いてほぼ終了した。阿蘇に関しては,若年層と老年層の調査が終了していない。再調査が必要と考えられる地域は,熊本南部の八代,人吉エリアおよび天草エリアの老年層である。このエリアに関しては,調査協力者とともにインタビューを行ったが,インタビューデータを起こしたところ,調査協力者の誘導が強すぎると考えられるため,再調査が必要と考えられる (若年層,中年層に関しては問題なかった)。 分析の進捗状況は,「動詞の連用形+ヲリ」形式の歴史的な変遷とシヨル形の文法化の関係については,おおまかな分析が終了している。この研究の副産物として,共通語のシテイル形の文法化の経路に関しても,分析が進行しており,現在シヨル形の文法化の起点とおなじく,「結果状態維持」からシテイル形の文法化が始まったという仮説を検討している。しかし,シトル形の文法化の経路については,未着手である。 シヨル形の証拠性に関しては,シヨル形と関連の深い存在動詞を中核として持つ現象文との関連から分析が進んでいる。多くの場合,名詞は存在前提を持つため,存在動詞を中核に持つ文が意味あるコミュニケーションを成立させるためには,「どのように存在しているか (いたか)」または「どこに存在しているか (いたか)」を表現しなければならない。このように,場所表現と存在動詞は関係性を持ち,この意味で松本の言うメノマエ性と関連があるのではないかと考える。2015年度は,この議論の妥当性を検討している段階である。また,共通語のシテイル形に対して提出されているメノマエ性に関しても,ここで述べた分析が適用できるかどうかという点を検討している段階である。
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今後の研究の推進方策 |
今後,2016年度前半に関しては,熊本南部方言の再調査 (老年層) および阿蘇エリアの調査を実施する予定である。北部方言に関しては,山鹿エリアにおいて,老年層に対して追加的に実施し (より多くのインフォーマントにインタビューする予定である),より確実なデータを取得したい。同様に,高知東部方言に関しても,調査エリアを限定し,確実なデータ収集を実施する予定である。さらに調査項目に関しても,歴史的なデータとの比較を容易にするため,従来の項目の思考動詞のシヨル形の可否に関して「思いヨル」の可否を追加する予定である。 データのとりまとまり次第,2015年の提案の妥当性を再度検討し,あわせて,シトル形の文法化についても検討する予定である。シトル形については,「動詞のテ形+ヲリ」から発生したと考えられており,古典語におけるテ形の用法を連用形との差異という点からも分析する必要があると考えている。また,古典語で盛んに用いられていた連用形が徐々に勢力を失い,テ形が優勢になってくるという分析 (坪井,2007)を,西日本諸方言アスペクトにおいて,シヨル形が衰微し,シトル形に一元化されてきているという状況に結びつけながら考察したい。また,共通語のシテイル形の文法化に関しても分析を深めたい。 また,アスペクト形式と証拠性の関連に関しては,「存在文」と「現象文」の関係性という点から追求していく予定である。存在文は,付帯条件もしくは存在の場所に意味的な力点があるため,「ある場所に存在すること」を述べ立てるという点からメノマエ性が発生するという分析を提案する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由としては,大きく2点存在する。 1つには,熊本南部方言の調査が充分実施出来なかったこと,および方言データ収集・整理に関わる謝金が予定よりも少なかったことである。調査に関しては,あまりに効率を重視した実施方法をとってしまったため,問題があったと考えている。また,昨年繰り越した物品 (コンピュータ購入) も実施できていない。これは,方言データ整理に関する計画に問題があったためである。この2点によって,次年度使用が発生したと考えている。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用に関しては,再度その必要性を見直すが,熊本南部方に関しては,再調査が予定されており,使用する予定ある。また,データ処理に使用するコンピュータ購入およびデータ処理に関わる人件費に関しても使用が予定されている。
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