研究課題/領域番号 |
26370480
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
呉人 惠 富山大学, 人文学部, 教授 (90223106)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | コリャーク語文法 / テキスト分析 / 形動詞 / 非名詞化タイプ / イテリメン語との比較 |
研究実績の概要 |
本課題では,シベリア北東部のチュクチ・カムチャツカ語族のひとつ,コリャーク語の文法執筆を目指して調査研究をおこなってきた。とりわけ,文法を完成させるには記述がいまだ十分でないヴォイス,節構造など動詞にかかわる統語論的諸現象,ならびにテキスト分析を研究の中心に据えた。平成28年度の研究計画としては,①テキスト分析の完成,②補完的文法調査を予定し,実際には次のような成果を得た。 まず,①については,これまでに収集した89編の民話・語りのテキストのうちNo.31-No.55までの分析(具体的には,形態素分析ならびに英訳・和訳)をおこない,Koryak Text 1(2014),Koryak Text 2(2016)に続き,Koryak Text 3(2017)を刊行した。 次に,②については,平成27年度におこなった副詞節に関する調査研究を展開させ,いわゆる「形動詞」についての考察を深めた。呉人 (2016) において,副詞節には,動詞語幹が名詞化を経るタイプ(名詞化タイプ)と名詞化を経ずに裸の動詞語幹が格接辞と結びつくタイプ(非名詞化タイプ)があることを整理したことが,平成28年度の形動詞研究の着想の契機となった。形動詞といわれる形式(GE形)も,実は,共同格が直接,動詞の裸語幹についたものであり,その点で副詞節の非名詞化タイプと共通しているのである。また,この非名詞化タイプは,北東アジアにあって他に類をみない珍しいタイプであり,その特徴を明らかにすることにより,コリャーク語のこの地域における特異な位置づけが解明できると考えたためである。その成果は,呉人 (2017a)として刊行し,さらに,呉人 (2017b) において,GE形を同系のイテリメン語の類似の形式と比較することで,その特徴をより明確に示した。また,GE形を含め,名詞修飾節について再検討し,研究発表をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度に当初予定していた研究内容である,①テキスト分析,②補完的文法調査のいずれも計画通りおこなうことができたため,「おおむね順調に進展している」と評価できる。 ①のテキスト分析については,2014,2016年に続き,Koryak Text3を刊行することができた。これらのテキストはこれまでの現地調査において収集してきたものであるが,特にKoryak Text3に収録されたテキストの語り手6名のうち,4名は物故しており,二度と聞くことができない貴重な情報が,言語学的な分析とともに記録として保存されたことは重要である。 ②の補完的文法調査については,前年度からの研究テーマをより発展的に展開させることができたことが評価できる。動詞の非名詞化タイプは,単にコリャーク語記述において重要であるだけでなく,類型論的にも刺激的なテーマとなる可能性を秘めている。北東アジアにおいて,他の諸言語が従属節を形成するのに名詞化タイプのみを示すのに対して,コリャーク語が名詞化・非名詞化の両方タイプを示すのは,従来,ロシア語文法を踏襲して一律に「形動詞」「副動詞」などと呼ばれていた節構造の一義的なとらえ方に再考を迫るものであることが明らかになった。 以上,今年度もコリャーク語文法完成に向けて,十分に意義のある研究をおこなうことができたといえる。とはいえ,文法記述には極言すれば完成はないため,研究の中で新たに見えてきたテーマ,文法執筆の中ですでに考察をおこなったが,再考を要するテーマも出てきた。これらは,最終年度である平成29年度に解明すべき課題として残されることになった。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の本研究終了までには,一応,『コリャーク語文法』のおおよその輪郭ができているようにしたいと考えているが,そのためには,本研究に残された時間と全体の構成とを十分に照らし合わせ,偏りのない記述をおこなっていくことが肝要である。そのために本研究の最終年度である平成 29 年度は,次のように研究を進めていきたい。
(1) これまでの研究の過程で新たに見えてきたテーマの考察:動詞に直接,格接辞が付加されるという事実は,コリャーク語における動詞と名詞の境界線の画定を再検討する必要があることを示すものである。そこで,平成29年度は,非名詞化タイプの形成の背景を探るとともに,品詞分類についても従来の通りでよいかどうか再考する。加えて,形動詞とされているGE形は従来,動詞の過去時制を表すともされてきたため,動詞の屈折形式の再整理をおこないたい。 (2) すでに考察をおこなったが,再考を要するテーマの考察:特に,形態音韻現象の中で母音調和について,その後,新たなデータが収集されたため,より考察を深める必要がある。 (3) テキスト分析:89編のテキストのうち,これまで55編の分析が終わっている。平成29年度は残りの34編の半分の分析をできるかぎり終わらせる。 (4) 音韻,形態,統語論の記述の整理統合:これまで蓄積してきた音韻,形態,統語論の記述を全体的に整理統合して,文法書としての体裁を整えるための編集作業をおこなう。
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