2018年度までに『波留麻和解』『訳鍵』『増補改正訳鍵』『和蘭字彙』の電子テキスト化は一通り終了していたが、入力チェックと表記の統一作業が終了していなかったため、補助事業期間を一年間延長した。 2019年度は表記の統一作業を中心的に行い、これまで保留となっていた表記方針を決定した。検索のためなるべくJIS第1・第2水準の漢字を使うことは以前から決めていたが、現代の我々から見れば単なる誤字のように見える「訛字」や「同形異字」の扱いについては決めかねる部分があった。そういったものについては、基本的に現代の異体字意識に基づいて翻字し、それにそぐわない字体となっている字については蛍光ペンを塗り、電子テキストの利用者に注意を促すようにした。 一方、全文の入力作業が終了したことに伴い、これらの辞書類に含まれる翻訳語研究において注目すべき用例が、新たに見出された。例えば「凝固」という和製漢語と思しき化学用語は、これまで宇田川玄真著『医範提綱』(1805年刊)の用例が古いものとして知られていたが、東大総図本『波留麻和解』には「凝固」が22箇所存在し、「凝固シタ」のように漢語サ変動詞としての用例が見られる一方で、「凝固メル」(こりかためる)といった訓読みしていると見られる用例も見られた。これはすなわち、蘭学の中で「こりかためる」から「ギョウコ」へと変化して行く過程を示しているものと見られる。同様に、『波留麻和解』の中の「思考」も、これまで知られていた用例よりかなり遡ることになるが、3例の「思考」のうち1例は「思考フ」と訓読みしている用例であった。「壓搾(圧搾)」に至っては全6例が「壓搾ル」という形になっており、まだ漢語化していない状態を示している用例として興味深い。 その他にも、「壙石」「固定」「球根」「触覚」などの語について、これまでの指摘よりも古い用例が『波留麻和解』の中に見出された。
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