本研究の目的は,九州方言における特徴的な音韻現象(テ形音韻現象)の詳述をもとに,そこに起こっている方言動態を理論構築することにある。九州方言では,動詞テ形(「~して」の形)に様々なバリエーションが現れるが,その分布は動詞の種類及び地域差に依存する。そのバリエーションを理論的に分析することによって,新たなタイプが形成されたり,逆に崩壊していったりする現象が観察されている。特に,後者に注目すると,そのタイプの分布が地理的な移行性分布をなしている。そこで,本研究では,それらの方言形成と方言崩壊を「方言形成シナリオ」と呼び,そこにどのような動態が観察され,どのような理論を構築すればその動態を説明できるのかについて分析していった。その際,ある方言タイプがどのように崩壊していくのか,それをどのように理論化すればいいのかといった「方言崩壊ヒストリー」を描くことを目指した。 研究の結果,以下のことが判明した。まず,テ形音韻現象の記述に関しては,宮崎県南部,中西部(平成26~28年度調査),及び長崎県対馬市(平成29年度調査)を調査することによって,新たなデータを得た。これによって,従来のデータベースをさらに充実させることができた。そして,これらのデータを分析することによって,方言タイプの分布上,非常に興味深いことが判明した。例えば,宮崎県中西部であれば,熊本県中東部と類似していること,対馬市では島嶼部特有の分布が現れたことなどである。以上のことから,ある方言タイプは地理的にも理論的にも関係性があり,その関係性にはある種の方向性,即ち崩壊の方向のようなものを仮定することが可能となった。 最終的には,方言データ,分析,理論構築などの詳細な記述を,研究成果報告書『九州方言におけるテ形音韻現象の記述的研究』としてまとめた。
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