人間言語に固有の現象である移動現象を探求することで人間言語の計算特性を解明するという試みは、生成文法の特筆すべき研究指針の一つである。事実、生成文法理論の進展において移動現象の解明は非常に重要な論点となってきた。この論点に関して、一致現象(Agreement Phenomena)の研究が果たして来た役割は大きく、移動等の統語操作の認可条件に関する理論に重要な知見を与えてきたと言っても過言ではない。本研究は、一致の弱化(weakening/impoverishment of agreement)という経験的事実を整理・分析し、その理論的意義の明らかにすることで、言語理論の深化に寄与することを目的とする。一致の弱化とは、特定の統語環境下で、主語と動詞の一致が、規範的には具現せず、一部を欠落した一致形態素が具現化する現象を指す。28年度は、前年度までの研究結果に基づき、規範的に一致素性が具現化するための必要条件が構造的な関係であるという仮説を指針として研究を進めた。特に、ラベル決定のアルゴリズムを基盤として規範的一致をとらえるという観点から、再度、一致の弱化により欠落する形態素性に一定の規則性について検討した。一致の弱化により欠落する形態素性は、形態論上の有標性が深く関与しており、統語上の認可では予測できないという結論に至りついた。この結論は、一致に関するメカニズムは2種類以上必要であることを示唆する。すなわち、素性共有が可能な局所関係と素性共有が不可能な非連続的依存関係とでは、一致の認可のメカニズムが異なる。さらに、ラベル決定のアルゴリズムを基盤として、素性共有が事実上不可能である連続循環移動の中間着地点におけるEPP/edge素性の役割に関して前年度に引き続き研究を行った。Wh-copy 構文がラベル決定のアルゴリズムが理論的に予測する連続循環移動であるという帰結を導いた。
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