研究実績の概要 |
今年度は,英語の史的コーパスPenn Parsed Corpus of Modern British English 第2版が2016年にリリースされたのを受けて,前年度までに取り組んできた後期近代英語の残留動詞移動に関する実証的・理論的研究の検証作業を,データ規模を拡大させて行った。初期近代英語において,多くの動詞は文中副詞や否定辞notに先行する語順からこれらの要素に後続する語順へと移行したが,know, believe, doubt, careなど一部の動詞はこの語順変化に抵抗し,否定文において引き続き古い語順を示し続けた。統語的パラメタ変異に基づく従来の分析では,これらの動詞の例外的振る舞いを説明することは難しかったが,本研究では文法化の観点からこの現象の原理的説明を試みた。具体的には,knowなどの動詞は初期近代英語で1人称主語における主観的用法が引き金となって軽動詞としての用法を発達させ,これらが主語の基底生成位置とともに否定を表すNegPよりも上位で基底生成された結果,見かけ上の残留動詞移動現象が生じたことを明らかにした。これは,「疑念」の強い主観的意味を表すdoubtが,know, believe, careに比べていっそう強い抵抗を示したことからも支持される。そうすると,いわゆる動詞移動は単一の統語操作ではなく,統語的・音韻的・語彙的要因が絡み合った複合的な現象として捉えられる。この分析の帰結として,統語的移動に関するかぎり動詞の一致形態素が動詞移動の必要十分条件であるとする「豊かな一致の強い仮説」が支持されることになる。
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