平成29年度は研究期間の延長をした1年であり、データ分析を追加し再検証を行った。まず、アイルランド英語諸方言の母音音価を音響ダイアグラムで示した。ダブリン方言とティローン方言にはNURSE母音とSQUARE母音の融合が見られたが、キラーニー方言やメイヨー方言等にはその融合は見られなかった。NURSE母音の融合と関連して、R音化母音の分布特徴も詳細に分析した。R音に先行する母音によってR音化が始まる位置が異なり、NURSE母音とSTART母音という中舌寄りの母音が他の母音と比べてR音化しやすいことがわかった。また、地域方言によってR音化母音の分布に相違が見られた。 次にともに独自のケルト系言語の影響が見られるウェールズ3地域とコーンウォール4地域での収録音声をもとに、TRAP母音、BATH母音、PALM母音の音価を音響分析して、比較考察した。ウェールズ3地域のほとんどの被験者とコーンウォール南西部の被験者は、TRAP母音とPALM母音をほぼ同じ音価の中舌半広母音で発音していたが、TRAP母音は短く、PALM母音は長く発音していて、音素対立が維持されていた。つまり、音質が同じであっても、音長が異なるため、TRAP母音とPALM母音の融合は生じていないという興味深い結果が得られた。 さらにウェールズ英語とアイルランド英語とスコットランド英語のLの異音について頭子音と尾子音の位置に来るLの音響的特徴を考察した。ウェールズ英語とアイルランド英語ではすべての環境で硬口蓋化した明るいLになり、スコットランド英語ではすべての環境で軟口蓋化した暗いLになると言われているが、計測した周波数の第1フォルマントには暗いLの場合の軟口蓋化にバラつきが見られた。英語方言によっては暗いLは母音化されてしまうのだから当然かもしれないが、暗いLの軟口蓋化の程度に方言差が発見できたことは大きな収穫であった。
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