本年度は、言語ポートレート(言語との関係を表現した自画像)を、言語文化レパートリーの発展のなかでも母語話者モデルの外国語能力評価基準では認められなかった側面を見るための方法のひとつと捉え直し、これまでの調査で得られた証言を、移動の経験という象徴資本、また複層的アイデンティティという観点から整理した。ブルデューも指摘したとおり、学校は、階級の差別なく正統な文化資本を身につけさせ、社会的地位上昇の機会均等を保障する制度であると同時に、社会で正統とされる価値と共謀する関係にあり、個人の経験と固有のアイデンティティに即した言語資本全体の発展を支援しにくい制度と言える。しかし、Kramschが言うように、地理的、言語的、文化的移動をする人々の主観的位置づけは複層的であるとすれば、彼らが新しい社会の正統な価値観に同化することだけを成功と見なすのは、彼ら自身の評価する経験の価値を認めないことになる。外国語教育は、言語文化間をつなぐ人の育成をになうはずが、むしろ境界を強調してきた。グローバル化の進む今日、周辺あるいは間(あいだ)にいるという独特なストラテジーの承認まで、外国語教育の範囲を広げていいだろう。 証言のなかには言語レパートリー全体をひとつの言語と考えるケースもあったことから、絵や写真、動画を用いて、複数の言語の相互発展をめざす表現活動に取り組む研究者を招聘して研究会を開催し、言語ポートレートアプリのインターフェースについて有効性と、より自由な発想の表現を受けとめる言語ポートレートデザインに向けた課題を検討した。 最終年度となった本年度は、国内の学会・研究会で3件、国際学会で1件、招聘1件、研究成果の発表を行った。
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