本年度の最大の実績は、孫文の科学思想に関する拙著『科学の人・孫文』(勁草書房、2014年)の中国語版を社会科学文献出版社(北京)から出版したことである。2016年は孫文生誕150周年にあたり、中国大陸、台湾をはじめ世界各国の中国近代史研究者の間で孫文に対する関心が高まっていたため、本書の出版はこれまで政治思想研究に偏向しがちであった孫文思想研究に新たな一石を投じ、孫文から現代につながる思想研究の道を拓くものとして高く評価された。また、11月に開催された孫文生誕150周年記念特別講演会(公財孫中山記念会主催)においては、孫文の『実業計画』の歴史的かつ現代的意義について述べ、現代中国の政治・経済を研究対象とする講演者たちと広範な議論を行うことにより、本研究課題が目指してきた広義の「科学」の観点から孫文思想を解明することの意義が、一般市民を含む多数の参加者たちに認識された。 科学史の領域では、1920年代を「太平洋の時代」ととらえ、同時代を対象とした中国科学史研究を地質学を中心に進めた。「太平洋の時代」の重要なアクターとして、中国と日本の科学者(地質学者)たちに着目し、現代ではほとんど知られていない汎太平洋学術会議における両国の科学者たちの動向を詳細に明らかにすることにより、いわゆる西洋中心主義やコロニアル・サイエンスの観点とは異なる中日科学交流史研究の可能性を提起することができた。本研究の一部は日本科学史学会の年会で発表して、多くの反響を得た。また本研究の過程では、東京大学や京都大学の理学部が所蔵する小藤文庫、山崎文庫、新城文庫などの中から貴重史料を見出し、調査・分析した。 上記の二系統の研究はこれまで個別に進めてきたが、最終的に中国地質学者の科学観が、孫文のそれと同じく中国伝統思想に連なる側面を有することを解明できたことが、今後の研究の展開につながる成果としてあげられる。
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