本研究は、地中海史という枠組みを再考するための方法として植民地法の多元性に着目した。近年の法制史研究の動向、すなわち、西欧から周辺地域への法の継受という見方を問い直し、当事者たちによる主体的選択の観点から法の移転・形成を読みなおそうという試みに共鳴し、新たな法社会史を志向している。そうした潮流を受けて本研究は、これまで主として中世史・近世史において蓄積されてきた、地中海周辺地域におけるヨーロッパとイスラーム世界の接触・ 交渉という領野を19世紀史において開拓しようとする。研究実績は、以下の四点に要約できる。 第一に、マルセル・モランによる「ムスリム・アルジェリア法」法典化の計画と、それに先立つ19世紀アルジェリアの法学議論について検討した。とくに、サン・シモン主義の影響を受けた人々のあいだに存在する複数の思想潮流に着目することで、一枚岩ではない多様性が明らかになった。第二に、レヴァント地域をふくめて、通訳者、翻訳者などアラビア語習得者についての研究を進めた。これは、法の研究をふくむ異文化間の翻訳、接合の可能性または不可能性を考察するうえで、不可欠な問題である。第三に、地中海史を歴史記述の枠組みとしてどう位置づけるべきかというテーマについて、方法的考察を行った。そして第四に、法文化の接触にかかわった実務家たちの集団伝記的研究を準備した。その成果の一部は、伝記研究とグローバルヒストリーを架橋する単著として発表予定である。
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