最終年度は全体のまとめに注力した。初年度以来、構築してきた3939人分の商人の個人履歴をフォローできるデータベースをもとに、江戸商人の業態をあぶりだした。 その結果、江戸の商業の特徴として、平均存続年数が15.7年と一代にも満たない短さで参入と退出を繰り返す様相が浮かび上がり、通説のイメージと大きく異なる不安定さを検出することができた。かつ株(商売をする権利)の移動は金銭を媒介とした譲渡が半数を占め、相続は10%にとどまっており、封建社会に通例の血縁原理とは程遠いかたちで商業権の移動がおこなわれていたことも判明した。すなわち、江戸の商人の業態は、短期に金銭譲渡を繰り返す、かなり不安定で流動性の高い状態であったことが分かる。 さらに業種による分類をおこなったところ、米と炭薪の売買が商店数シェアで二大業種として検出され、炭薪の確保供給が江戸の商業の大きな役割であったという特異なエネルギー事情が浮かび上がってきた。そこで、より特化した新たなデータの切り出しを試み、材木や炭薪、油などエネルギー関係の資源がどのような形で供給されたか、および食料事情、とりわけ米以外の新しい栄養源に着目することも試みた。これらの追加的な分析からは、材木問屋の集中する場所の時期による店舗展開の詳細も明らかになった。 くわえて商業界への公儀の関与については、幕末天保期の株仲間解散と復興の時期の資料を問屋集中的に検討し、公儀が業界事情を熟知して、きめこまかな関与をおこなっていることを明らかにした。 以上、本研究によって、より数値データに即した江戸商人の業態を解明することに成功した。
|