研究課題/領域番号 |
26370791
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
三宅 紹宣 広島大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (10124091)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 近世史 / 近代史 / 史料学 / 古文書学 |
研究実績の概要 |
本年度は、山口県下および東京都・横浜市に残存している防長両国の日記の基礎調査を実施し、その一部を翻刻した。そのことにより今後の研究基盤を構築した。主たる日記の内容について、分析した成果は以下の如くである。 1、武広遜「御国難日記」。本日記は、奇兵隊士が、元治元年から2年にかけて日々書き継いだ日記である。武広は、禁門の変と下関戦争の敗戦という長州藩の国難の中で、幕府にひたすら恭順する俗論派が台頭し、諸隊の弾圧が行われる状況下にあって、建白と抵抗を続け、やがて元治の内戦に勝利し、藩論を回復するまでの動向を克明に記録した。武広は、農民の次男として生まれ、18歳のとき分家して武広家を興し、元治元年、奇兵隊士となった。その日記は、兵士の視点から政治・軍事活動を記録したものとして貴重である。慶応期には、武広の記事は『奇兵隊日記』にも多出し、しばしば戦功をあげている。 明治元年には戊辰戦争に従軍し、奇兵隊6番隊副隊長となった。農民出身の兵士が、努力して実力を蓄え、士官となっている例としても注目される。 2、「古谷道庵日乗」。古谷道庵は、長府藩領の宇賀本郷で、幕末期から明治初期にかけて地域の医療にあたり、子弟の教育にも力を尽くした。道庵は、天保7年、日記を書き始め、明治10年死去する直前まで43年間にわたって書き継いでおり、115巻、総丁数6186丁にも及ぶ膨大な物である。内容は、医療、教育、政治動向、気候、天変地異、物価、対外的危機意識、民俗など多岐にわたり、本日記を通して民衆がこの時代をどのように生きたかを如実に窺うことができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究計画は、「古谷道庵日乗」、「宍戸日記」、「武広日記」の撮影、文書の解読であった。これらの計画については、資料収集、解読、さらに翻刻を完了したことにより、ほぼ計画を達成できた。また、山口県文書館蔵の「渡辺日記」、「近藤芳樹日記」については、撮影は完了したが、画像整理及び解読については未完了である。
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今後の研究の推進方策 |
1、史料撮影と文書解読。山口県の西市の豪農「中野半左衛門日記」、山口大学図書館の「林勇蔵日記」、山口県文書館の「柏村日記」、「浦日記」、「来原良蔵多々良盛功日載」、「内藤万理助公私日乗」、「清水美作日記」、「児玉惣兵衛日記」ほかの史料を撮影し、文書の整理を行う。 2、分析と成果発表。収集した日記の解読を行い、社会生活の変化を分析し、学会発表を行うとともに、学術誌に発表する。さらに蓄積してきた研究を基にして、政治過程の総合化を図り、報告書にまとめる。
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