平成28年度は、研究課題のもと、特に考察年代を19世紀前半に設定して主に以下2点を中心に調査・研究・発表をおこなった。 1点目は、嘉永元年(1848)のオランダ船脇荷物輸入に関する考察である。前年度までに、弘化期(1845~1847)のオランダ船脇荷物輸入について調査研究をおこなってきたが、今回の研究は、その継続作業であり、先の研究とあわせて1840年代の脇荷物輸入の実態を考察することであった。嘉永元年のオランダ船脇荷物は、弘化期の品々(薬品類やガラス器・陶器といった食器類、その他雑貨類等)と同様、当時の蘭学興隆の面からみると文化史上、大変重要な意義を有していたといえる。19世紀も中期を迎えるに従って日蘭貿易における脇荷取引はその量と種類の多さより重要な取引となっていたが、嘉永元年の事例からもそれが理解できた。 2点目は、天保15年(1844)を事例にオランダ船が持ち渡った輸入品(本方荷物・脇荷物・誂物)に関するオランダ側史料と日本側史料とを調査・検討し、同年のオランダ船の持ち渡り品の彼我の用語を明らかにすると共に、それらの取引を解明し、この年の日蘭貿易について言及することであった。オランダ側に視点をおいてみると、天保15年の日本貿易は、長崎での取引段階では収益は得られず、日本から持ち帰った物資の販売により収益を生む構造になっていた。これは、「取引の総額(御定高)」が決められていることによって生じている現象ではあるが、そこまでして貿易を継続しようとするオランダ側の姿勢の背後には、当時(19世紀中葉)の国際環境の中で日本市場を確保しつづけようとするオランダの思惑があったのではないかと考えられる。 また、一昨年より研究をつづけてきた、脇荷貿易システムの改変時期とその実態の解明についての考察についても活字論文としてまとめることができた。
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