前近代中国では関連するの法や先例、命令を参照する必要に常に迫られていたから、例えば明・清では、中央の司や地方官司が独自に、手元に置くべき先例・法律集として則例や省例を編纂した。しかし対照的に宋朝では、中央の側が、部局・地方・用務ごとに法典を立法した。それが『陝西編敕』『福建令』などである。これは、具体的行政課題は現場の判断に任せてきた中国法制史上、例外的な立法形態であることが知られているが、従来ほとんど未開拓であったため、本計画で、この宋代地方法典の世界を、可能な限り条文の復元に至るまで明らかにすべく、研究を進めた。部局・地方向けの特別法については、『宋会要輯稿』刑法「格敕」、『宋史』藝文志、『玉海』巻66などの刑法関係の書目などに、少なく見積もっても二十以上のこれら特別法典の名があり、文集を含めた宋代史料全体を見渡せば、さらに多くの特別法の存在が確認できる。そこで本研究では、行政ランクを含めた法典の新たな門別分類法を暫定的に定めた。そして前年度に引き続き、現存する全ての宋代判語から法律条文を復元する作業を続行し、現存の律や『慶元条法事類』中の敕・令などと対応させ、復元を行った。 こうして明らかになってきたことは、唐宋変革論といってもそこから宋代の法制の持つ意味を描くことは難しく、強いて説明づけようとするなら、宋朝の「法律準拠主義」はその背景としての秩序形成が不安定なフロンティア江南を抱え込んだ特殊事情をも考慮に入れていかなければならない。また、今後の課題として、川村康、稲田奈津子、趙晶諸氏が手がけている、一つの敕・令が他の令あるいは敕とさえ入れ替わっていった変遷の過程の解明が、北宋-南宋の法制全体において明らかにされねばならない。
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