研究課題/領域番号 |
26370856
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
皆川 卓 山梨大学, 総合研究部, 教授 (90456492)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 占領軍 / 領邦政府 / アムト / コムーネ / 帝国宮内法院 / 帝国クライス / 軍税徴収 / 協定締結権 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、平成27年度に収集したパルマ(イタリア)及びウィーン(オーストリア)所蔵の占領文書の整理と解読を行い、占領地(アウクスブルク同盟戦争下のパルマ公国、三十年戦争下でのホーエンローエ伯領及びヴュルテンベルク公領)における在地社団の交渉内容、交渉手続き、交渉責任者・協定締結者としての資格を分析した。文書の種類は宮廷及び現時社団であるアムト(ドイツの場合)、コムーネ(イタリアの場合)の嘆願書や指示書、協定文書等である。分析は未だ途中であるが、分析経過を通じて判明した概観として、パルマではパルマ宮廷が一貫して交渉当事者の地位を専有し、現地社団(領内領主、パルマ市および領域内コムーネ)は常にパルマ宮廷を通じて占領軍(オーストリア・ハプスブルク軍)と交渉を行い、自らは占領側との交渉責任者・協定締結者として現れることがなかったこと、それに対しホーエンローエの場合、君主の亡命後に残された領邦政府(宮廷顧問会議)が現地社団(アムト、ゲマインデ)と協調しつつ占領軍と交渉を行い、領邦政府はもとより現地社団も、自身に関わる事柄については協定締結者となりえたこと、彼らによって締結された協定の合法性は帝国宮内法院によって保証されていた状況が明らかになった。すでに平成26年度の調査によって、ホーエンローエの領邦政府は近隣領邦とともに「帝国クライス」の一員として集団的外交権を行使したことが判明しており、同国の外交権の行使は当事者性に従って行われたことがわかる。一方ヴュルテンベルクの場合も、君主の亡命についてはホーエンローエと同様であるが、領邦政府(宮廷顧問会議)から占領国(オーストリア)の選任による統治委員会に変更され、占領軍との交渉はこの統治委員会と現地社団の間で行われ、それとは別に亡命した君主が独自に(占領国を含む諸国と)外交を展開する、いわゆる外交の二重状態であったことが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成27年度に判明した研究成果と平成28年度の検証結果を総合すると、パルマの場合には占領軍との交渉が宮廷の外交権強化に寄与し、16世紀以来の神聖ローマ皇帝に対する封建関係から同公国を解放する方向に働いたのに対し、ホーエンローエについては、逆に占領軍に対する交渉権が領邦と現地社団の間で分裂し、帝国(帝国裁判所及び帝国クライス)がその保証者として介在することにより、両国における外交権の自立化が抑制される状況が浮かび上がってくる。これに対して占領国による統治と亡命政権による外交権の行使が並行し、現地社団は占領国の政府とのみ交渉を行っているヴュルテンベルクの場合は、統治委員会の統治があくまでも占領統治であり、併合統治ではないことを考慮すると、現地社団の交渉は外交権の行使と国内行政上の交渉の中間的な状態にあったといえる。これはスペイン継承戦争時、亡命中の君主をよそに、現地社団であるコムーネがオーストリアの占領軍と直接交渉を展開していたマントヴァ公国の状況と近いが、ヴュルテンベルクの場合には戦後もこのような二元的な外交権が認められ、二元的国制の担保として機能したのに対し、マントヴァの場合には領邦単位でも現地社団単位でも外交権を維持できず、現地社団のオーストリア統治に対する陳情権に矮小化された。ホーエンローエの例に鑑みると、この違いは外交権の権原(封建法か自然法か)の相違にあると推定されるが、それを明らかにするには、平成28年度に予定されていたマントヴァでの調査(スペイン継承戦争期の占領に関する史料収集)が必要である。しかしこの年度は務校の特殊任務(入試責任者)により、この海外渡航調査をを遂行できず、この仮説の確定には至らなかった。
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今後の研究の推進方策 |
勤務校の業務によって平成28年度に予定していた計画が僅かしか実施できなかったため、研究の1年延長を申請して承認されている。したがって平成29年度夏までには、平成28年度計画の残余作業であるマントヴァへの海外調査を実施し、秋には史料分析を終えて、マントヴァの外交権喪失に至る現地社団の交渉パターンと、交渉権の基礎となっている権原の実態を解明する予定である。その後にこの結果を調査済みの事例(カスティリオーネ、パルマ、ホーエンローエ、ヴュルテンベルク)と比較し、占領を通じて神聖ローマ所属領邦の社団の外交権が、上位権力(神聖ローマ帝国、領邦あるいは領邦連合)の外交権に吸収されるプロセスと、その態様(強制的か信託的か、単一的か分有的か、イシュー別か普遍妥当的か、など)を立体的にモデル化する。かなり忙しい作業になるが、幸い年度後期については十分な研究時間が見込めるので、この作業を着実に遂行することで、本研究の最終目的、すなわちこの地域に成立した近世後期の外交権の多様性を解明することが可能になる。さしあたりこの成果を集成した報告書を、年度末までに作成することで本研究の完遂とし、残余の時間の許す限りこれを論文化して、「主権国家並存体制」とは異なる神聖ローマ地域独特の国家間関係のメカニズムを学界に提議することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度には勤務校の特殊業務(入試責任者)のためまとまった時間が確保できず、予定した海外調査が二度とも実施できなかった。そのため渡航費用の執行ができず、支出したのは若干の資料代のみであり、平成28年度使用額のほとんどが次年度使用額となった。今年度は特殊業務を解除されたため、予定した海外渡航を実施することが可能である。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度の渡航予定であった調査地(マントヴァとウィーン)に渡航し、関連の文書館史料を収集する予定である。この渡航は本来平成28年度の夏季と冬季に行う予定であったため、この調査で収集した史料に基づく研究が空白になっており、遅くとも夏季に行う必要がある。別シーズンに二回渡航したのでは研究の遅れを取り戻せない恐れがあるので、渡航には長期間を確保するか、校務でやむをえない場合は、短期間の帰国を挟んで同シーズンに二度の渡航調査を行う。いずれの文書館についても過去何度も調査に訪れている場所であり、事前の綿密な調整等は特に必要ない。また研究に費やせる時間的な余裕があれば、当初の研究計画で予定していたモデルケースの一つであるミュンスター司教領について、同地の都市文書館を訪れ、17世紀後半のオランダ占領軍と現地社団の交渉に関する文書も併せて収集したい。
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