研究課題/領域番号 |
26370865
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
佐々木 博光 大阪府立大学, 人間社会学部, 准教授 (80222008)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 財団 / 基金 / 贈与 / 救貧 / 助成金 / 追悼説教 / 名誉 / 利息 |
研究実績の概要 |
財団による民間の各種支援活動が活発なヨーロッパと、それがあまり進展していない日本の間には、寄付という行為に対する明確な温度差がある。両者の寄付文化の違いの歴史的由来を明らかにするために、財団の草創期と考えられる近世の事情を考察することが不可欠である。近世史の研究にとって有益な宗派・地域比較史の観点に立って、まず手始めにルター派のブラウンシュヴァイク公国の財団設立状況を調査した。1500年と1800年の間に162の財団の設立を確認した。そのうち1800年の段階で少なくとも29の財団が活動していた。1798年の当該公国の人口を19万人と見積もることができるので、人口10万人当たり15から16の財団が存在した計算になる。近世には財団の存在はすでに日常化しており、近世のブラウンシュヴァイク公国は近代の財団社会への「離陸」を経験していた。 財団の趣旨は福祉と教育が大半であった。貧者、老人、寡婦、貧しい未婚女性、孤児に対する伝統的な救貧事業が一方にあり、神学生や法学生などの大学生、それ以前の生徒、時には職人見習いに対する助成がまた一方にあった。それ以外では教区の教会や学校に対する支援が続き、18世紀には度重なる戦役の犠牲者や被害者を支援する財団も増える。なかには戦勝を讃え記念する目的をもった財団も現れ、19世紀に頻繁に創立された記念財団の先駆けになった。 財団は発起人が遺した基金の利息で運営された。発起人には死後も自分の遺産で永遠に社会の改良のために働きかけたいという意思があったことは間違いない。しかしそれだけではない。自分の家族を優先する家族財団が多いことからもわかるように、個人的な動機も決して小さくはなかった。発起人にささげられた追悼説教の考察から、名声を得たいという動機が少なからずあったことが判明した。近代以降順調な発展を遂げたのは、この名誉を求める慈善であるという見通しを得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヨーロッパ近世財団史の宗派・地域比較史研究を進める上で、初年度にすでに一宗派(ルター派)、一地域(ブラウンシュヴァイク公国)に関する研究のモデルケースが確立できたことは大変有意義である。それに関して現地の研究機関で報告機会を得ることができ、研究課題の意義、見通しの正しさを世界中から集まったゲスト研究者や現地の地域史家に認められたことは大きな収穫であった。なお当該課題に関する論稿は、日本の査読有学術雑誌への掲載が決まっている。また現地の学術誌の編集者からも寄稿の依頼を受けている。 研究は順調すぎるぐらい順調に進んでいる。しかし現地でも先行研究が乏しい分野に関する史料調査は難航を極めたことを素直に告白したい。幸い現地の方々のご好意と多大なご支援に支えられ、ほぼ計画通りに研究を進めることができた。今後比較史研究のために他地域での史料調査が不可欠となるが、そこでもやはり現地の方々のー専門家だけでなくアマチュアの研究者もーご支援を得られるかどうかが鍵になろう。 宗派・地域比較史の観点から、つぎの研究候補地が決まったことも大きい。今年の夏スイスのバーゼル邦で調査を行うことになった。バーゼル大学歴史学教授のズザーナ・ブルクハルツ教授は当該課題の意義を認めてくださり、招待状を快く書いてくれた。それ以外でも筆者の研究に便宜を図ってくれている。バーゼルはブラウンシュヴァイク公国と同じプロテスタントに属するが、ツヴィングリ派系の改革派に属し、同じプロテスタントでも、ルター派と改革派の間で寄付文化に関してどのような違いがあるのかが浮き彫りにできるのではないかと期待している。ここでの研究の成否もやはり現地の方々と良好な関係を築けるかどうかにかかっている。バーゼルのつぎの研究候補地がまだ決まっていないのが少し残念な点である。カトリック圏とカルヴァン派系の改革派地域での候補地の選定がつぎの課題になる。
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今後の研究の推進方策 |
モデルケースとして手にすることができたブラウンシュヴァイク公国に関する研究成果、研究方法、研究手続を駆使して、今後研究期間内にできるだけ多くの地域でケーススタディを敢行したい。まず公文書館史料を渉猟し、財団とその発起人、設立年、基金の総額や利息、設立の趣旨などの基本情報を確認する。場合によっては収支帳簿や受給者リスト、申請書類や推薦状なども参照する。これらの作業によって財団社会の進展度とその功罪が詳らかになる。 つぎに財団設立の内的な動機を考察するために、発起人に対する追悼説教を最寄の図書館で探す。追悼説教の解読作業が重要である。追悼説教には故人に関する貴重な個人情報が含まれている。情報を拾うだけでなく、作品のコンテクストを読むことで、財団発起人の設立動機の心理学的な考察を試みる。ヨーロッパで財団の活動がいまも活発な理由がここから浮かんでくると考えられる。追悼説教が豊富に残っている改革派の地域は限られている。バーゼル大学歴史学名誉教授のカスパー・フォン・グライアーツ氏の助言を入れて、ツヴィングリ派系の改革派地域の研究候補地としてバーゼルを選んだ。ツヴィングリ派の本拠地であるチューリヒにも関心はあるが、ここは葬儀で追悼説教を行う慣行が定着せず、史料が少ないといわれている。追悼説教に代わる史料を見つける必要がある。 カトリック圏とカルヴァン派系の改革派地域でも追悼説教がほとんどないことが予想される。カトリック圏では墓碑銘が追悼説教に代わる史料になるのではないかと期待している。カルヴァン派の地域では一考を要するであろう。もし追悼説教に代わる史料がなかったり、期待した史料に必要な情報がないような場合にも、公文書館史料から得られる財団の設立状況に関する情報はそれだけで価値がある。カトリック圏やカルヴァン派地域の研究候補地の選定を早急に進めたい。
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