本研究の目的は、16世紀後半に作成された聖地巡礼記の分析から、十字軍観・イスラーム観・ムスリム観の実像およびその変遷を探ることである。16世紀後半に作成された旅行記・聖地巡礼記は約200作品に上るが、当初の予定に従って、本年度は16世紀後半に作成された聖地巡礼記・旅行記の収集に重点を置いた。その結果、9割以上の史料を収集することができた。この作業が当初の想定以上に比較的に円滑に進んだため、1551年~1570年の間に作成された約70作品の旅行記・聖地巡礼記の分析にまで踏み込むことができた。まずは史料類型に関する調査の結果、当該時期に作成された聖地巡礼記は約40作品であることが判明した。詳細な検討は平成27年度に行うこととなるが、1560年代におけるオスマン帝国の西方進出(とりわけマルタ島攻撃)という状況下において、幾人かの巡礼者は聖地においてオスマン帝国に捕縛された上で奴隷として過酷な労働を強いられたこと、しかしその一方でその経験が反ムスリムという感情や十字軍待望論とは必ずしも直結しないこと、確かに一部の聖地巡礼記作者たちが十字軍待望論を抱いていたが、それは地域的な変更傾向(とりわけフランスやイベリア半島)を有していたこと、などが明らかとなった。これらの考察結果が、16世紀前半と比べてどのような性格を有しているのかなどといった点についての考察に関しては、平成27年度以降の課題となる。
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