当初の予定通り、平成27年度では、1551年からオスマン帝国へのキプロス島の割譲およびレパントの海戦の起こった前年である1570年までを考察対象時期として史料、具体的にはヨハン・フォン・ビムバハの作品(1551年作成)からルイージ・グラツィアーニの作品(1570年作成)までの約70作品の分析・検討を行った。その内の24作品が聖地巡礼記として区分されたが、その分析の結果として以下のことが明らかとなった。 1550年代以降に地中海情勢は悪化したが聖地巡礼のシステムは維持されていたこと、従って当該時期を「聖地巡礼の黄金期の終焉」と断定することはできないこと、その一方で、1551年に起こったオスマン帝国によるシオン山占拠や、「トルコ人」によって奴隷とされた巡礼者の増加は、ヨーロッパ人たちの中に「トルコ人」の対する負の感情を強めたことである。このような感情は、過去の「十字軍」とは異なる形での「十字軍」待望論を新たに作り出すこととなったが、そのような考え方はカトリック圏内の教会人に特有なものであったと言えるのである。
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