研究課題/領域番号 |
26370867
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研究機関 | 東北学院大学 |
研究代表者 |
櫻井 康人 東北学院大学, 文学部, 教授 (60382652)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 十字軍 / オスマン帝国 / 聖地巡礼 / イスラーム |
研究実績の概要 |
当該年度は、当初の予定通りに1571年~1590年の聖地巡礼記を分析し、その結果を論文という形で公表することができた。 その概要を記すと、1570年より、特にキプロス島がオスマン帝国の支配下に入ったことを受けて、様々な点で聖地巡礼に変化が生じた。例えば、ルートの変更(ヤッファからトリポリへ)、巡礼者を受け入れる主体の変化(サンジャク・ベイからカーディーへ)といった点である。また、レパントの海戦にもかかわらず、依然として東地中海域はオスマン帝国支配下にあり、巡礼者たちはヴェネツィアを出航して早くもヴァローナ(現アルバニア)にてオスマン帝国の役人たちのチェックを受けること十なった。 こういった変化の中でも巡礼者たちに大きな影響を与えたのは、「心付け」という慣行が一般化していったことである。これによって、巡礼者たちはより多くの金品を搾取されることとなった。とりわけ、オスマン帝国と敵対する傾向にあった神聖ローマ帝国領域から聖地巡礼を行う、いわゆるドイツ人たちが大きな被害を受けることとなった。 しかし、ムスリム・トルコ人に対する嫌悪感を露わにしたのは、主としてフランス・スペイン・イタリアといったカトリック圏出身者に特徴的なものであった。また、それは必ずしも聖地解放の希望や十字軍待望論につながるわけではなかった。当該時期において、十字軍待望論はフランス・スペインといった、やはりカトリック圏に限定される傾向を持ったのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
上記の通り、当該年度は1590年までが分析対象時期であったが、若干ながらも1591年以降の史料分析にまで踏み込むことができたため。
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今後の研究の推進方策 |
これまでと同様に、旅行記を網羅的に分析した上で、聖地巡礼記から十字軍観・イスラーム観・ムスリム観に関する情報を抽出した上で、検討を加えていく。
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