研究最終年度にあたる本年度は、昨年度までの研究を踏まえ、以下の四点の成果につながる研究を行った。 第一に、中世史研究におけるヨーロッパ・アイデンティティの論じ方について、国内外の研究動向を整理し、現在のグローバル・ヒストリー研究の展開との関係について、見通しを示した。この成果を、「ヨーロッパ・アイデンティティ」『現代歴史学の成果と課題:第4次』(績文堂出版)として公表した。第二に、王国という領域を越えて活動する貴族の一例として、サヴォワ出身ジャン・ド・グライが13世紀の英仏独関係史において果たした役割について検討し、「ジャン・ド・グライの遍歴――一三世紀後半サヴォワ出身の中小貴族の活動」朝治啓三・渡辺節夫・加藤玄編『〈帝国〉で読み解く中世ヨーロッパ――英独仏関係史から考える』(ミネルヴァ書房)として公表した。第三に、エドワード一世の巡幸中における納戸部記録の作成の実態とその記録に現れる巡幸の実態を分析した。その成果を、「王の移動――エドワード一世の巡幸と納戸部記録」高橋慎一朗・千葉敏之編『移動者の中世――史料の機能、日本とヨーロッパ』(東京大学出版会)として公表した。第四に、ソンム県/セーヌ=マリティーム県/コート=ドール県文書館等で中世フランスにおける領域研究に関する史料調査を行った。 以上の研究を遂行する中から、新たな研究課題へと発展させうる知見を得た。具体的には、アキテーヌ公領を含む南フランス(アキテーヌ・ラングドック)の領域の性格の変遷を中近世という「長期持続」の相の下に総合的にとらえる必要性である。その際に次の3つの観点からアプローチすることが考えられる。すなわち、1. イデアと表象(領域をどのように定義し、表すかの解明)、2. 支配と占有(領域支配の具体相の解明)、3. 流通と越境(領域内外の人・モノ・情報の動きの検討)である。
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