研究課題/領域番号 |
26370876
|
研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
佐原 哲也 明治大学, 政治経済学部, 専任教授 (70254125)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 第一次世界大戦 / テロリズム / ナショナリズム |
研究実績の概要 |
本年度は昨年の研究課題として浮上したIMROのBoris Salafov派とセルビア政府の関係についての資料収集を継続した。その結果、Salafovの二重スパイ説を裏付けると思われる資料が発見されたが、傍証する資料をさらに調査する必要もあることが華名した。この作業と並行して、非国家主体が国際関係の変化に及ぼす影響の理論化に向けた分析も開始した。これまでの研究で、第一次世界大戦前夜には、従来の国際関係の構造的変化が進んでおり、そのためにテロ組織の活動による南バルカンの地域的政治状況の変化が大規模な変動をもたらすことになったことを確認してきたが、理論化に際しては、21世紀前半の状況との比較が有効ではないかと考えている。国際関係の変化としては、19世紀に成立した欧州5強体制が米国の台頭や独墺ブロックと英仏露ブロックの形成によって変質しつつあった20世紀初頭の状況と、冷戦後の米国一極集中体制が中国の台頭や生産拠点のアジア・シフトなどにより多局化へと変わりつつある現状の間に類似性が指摘できる。テロ組織の活動による地域政治の変化としてもISの台頭によるシリア内戦をめぐる国際関係が変化し、欧米諸国がアサド政権打倒からイスラム過激派の抑制へとシフトし、同じくイスラム過激派への懸念からロシアがイランと協調してアサド政権存続に政策を変化させ、それに中国が間接的に関与する状況が生まれていることは、20世紀初頭のマケドニア問題を巡る状況と酷似している。この点に注目しながら、イスラム過激派の活動が現在の国際体制に及ぼす影響を他の地域の事例を加えてより精緻に分析する作業に着手し始めたところである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究は研究完成年度までに20世紀初頭のバルカンのナショナリストの活動を、テロ戦術に焦点を置きつつ解明すること目指していた。具体的な作業は、史料の収集と分析であるが、前者に関しては重要なものはほぼ収集し尽したと言える。収集した史料の分析に関しても、新事実の発見を含めて、当初予定していた以上に速いペースで進展している。本研究の成果の中核部分は、IMROとIttihat ve Terakkiの間の協力関係に関する論文に加えて、Black Handの起源に関する従来の定説を批判する論文を発表するなど、すでに内外の学術誌に公開されている。その意味では、研究の所期の目的は概ね達成されており、今後は新たに得られた知見をもとにより一般的な理論化の作業を進めて行く予定であるが、完成年度までにこの作業を完了する見通しも開けている。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度は、研究の最終段階であり、これまで得られた知見を総合して非国家主体と国際関係の変化に関する理論的な考察を進めて行きたい。テロ組織の活動によって地域政治が変化し、それがより大きな国際関係の構造に影響を与えるメカニズムは、第一次世界大戦前夜の状況では以下のように展開した。1890年台後半にIMROの活動が活発化すると、セルビアの将校団がIMROの戦術を取り入れてマケドニアに介入し、状況をさらに悪化させた。これに対処する立場にあったオスマン帝国の青年士官たちがIttihat ve Terakkiに参加し、1908年に青年トルコ革命を成功させた。これによって中近東全域で政治的変化が助長され、バルカン諸国はテロ組織を使った代理戦争から直接的な軍事介入に政策を転換し、1912-13年のバルカン戦争が勃発した。この戦争の結果、バルカン南部の問題は修正されたが、その余波としてバルカン西部をめぐるオーストリア=ハンガリーとセルビアの対立が先鋭化した。その状況の中でセルビア将校団がボスニアでもマケドニアで実施した戦術を継続しようとしたことからサラエボ事件が発生し、第一次世界大戦が勃発することになった。この状況は、シリアを巡る欧米とロシア・イランの対立の構図に酷似している。ここでは、アサド政権打倒のためにイスラム過激派を支援する欧米の政策がISの台頭をもたらし、それに懸念を強めたロシアがアサド政権の要請に応える形でシリアへの軍事介入を開始した。欧米諸国はISに対する懸念という点ではロシア・イランと同じ立場であるが、アサド政権存続へ政策転換を図れないためアルカイダ系のイスラム過激派への支援を続けており、欧米とロシアの直接対決の危険性が高まっている。同様の状況はISの支部が拡大している他の地域でも進行しており、こうした現象を含めて、理論化の作業を続けて行く方針である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度は海外での資料調査を2回予定していたが、受け入れ機関側の事情により、計画していた時期に調査を行えなかった。そのため、その分に計上していた予算を平成29年度に振り向けることにしたため。
|
次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は、繰り越し分の予算を加えて8月から9月に長期の海外調査を行う予定である。
|