本研究は、公共圏議論の延長線上に登場したアントニオ・ネグリ、マイケル・ハートが提唱した<共>概念をクィア史に接続させる試みである。クィアと<共>の実践者として、20世紀前半ドイツ・ベルリンの性科学者M・ヒルシュフェルトおよび彼が1919年に創設した性科学研究所を考察の対象とした。 最終年度にあたる平成28年度は、基本資料の収集・整理、国内外アドヴァイザーとの交流、適宜発信を進めると同時に、総合的なまとめの作業を開始した。資料収集・整理については、これまで蓄積してきたヒルシュフェルトなど関連文献の翻訳作業を進めてきた。国内外アドヴァイザーとの交流については、社会学、人類学など隣接学問の専門家と交流を図るため、領域横断的な分野の研究会に参加した。また、『史学雑誌』の「回顧と展望」(2016年5月)を執筆する機会を得て、2015年度のドイツ・スイス・ネーデルラントにおける現代史研究の動向を整理した。 こうした様々な知見を得るなかで、本研究の位置を総体的に把握するため、同年12月3日に明治大学において公開シンポジウム「近代社会とセクシュアリティ―ドイツ・日本・アメリカの比較クィア史―」を開催した。シンポジウムでは、主に若手研究者に報告・コメンテーター(石井香江氏、酒井晃氏、箕輪理美氏、松原宏之氏)を依頼し、クィア史の到達点と論点整理を図った。その目的は、近代社会を性的アイデンティティのカテゴリー構築として捉えるのではなく、多様な実践と社会規範の相互作用として、近代史の再考を意図した。討論では、セクシュアリティが社会にとってどのような意味付けがなされていたのか、グラデーションと異性愛規範との関係性、あるいは国家・市民・家族など社会構造との関連でクィア史を読み解くことの重要性などの論点が出され、クィア史が女性史・ジェンダー史・男性史とは異なる視角から歴史を語り直す可能性を示した。
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