本研究は、コーカサスにおける新石器文化の起源を探求するために、新石器文化に先行する中石器遺跡の文化内容を検討することを目的とした。そのために主として中石器遺跡(完新世初頭)の分布調査を行うことと分布調査や試掘調査で得られた考古資料の分析を行った。 初年度の調査においてジョージアのパラヴァニ湖周辺地域で完新世初頭に属する遺跡を発見できなかったことから、以後の調査をアルメニアのアラガツオツン地域に集中することとした。同地域においてこれまでに先史時代遺跡の発見はほぼ皆無であった。しかし、これまでの研究により丘陵地帯に中石器遺跡が存在する可能性が高いとの予測を得ていたことから、当該地域に着目することにした。遺跡踏査の結果、旧石器時代から中世に至る多種多様な遺跡を約60カ所発見することができた 確認された遺跡の中には完新世初頭に属すると推測される遺跡がいくつかあった。そこで包含層の確認のために、レルナゴーグ遺跡とノラヴァン遺跡において試掘調査を行った。試掘の結果、レルナゴーグ遺跡は前7千年紀前半、ノラヴァン遺跡は前5千年紀後半ごろの遺跡であることが推定された。本研究の成果として特筆すべきは、レルナゴーグ遺跡の発見である。前7千年紀前半、つまり既知の新石器遺跡に先行する中石器遺跡(完新世初頭)がアラガツオツン地域で発見されたのである。レルナゴーグ遺跡からは黒曜石石器、動物骨、炭化物などが発見された。黒曜石石器にはカムロ・トゥール、押圧剥離石刃、細石器などが含まれており、2000年代に発掘されたカムロ遺跡の石器組成と類似する。こうした石器組成がアルメニアの中石器文化の特徴であることが確認された。一方でこれら中石器遺跡の石器の特徴は、アララト盆地の新石器遺跡のそれとは大きく異なる。現段階では中石器文化と新石器文化の間には石器製作伝統において差異が大きいと考えている。
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