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2016 年度 実施状況報告書

後漢墓からみた国家の統治と在地社会の研究

研究課題

研究課題/領域番号 26370902
研究機関成城大学

研究代表者

小澤 正人  成城大学, 文芸学部, 教授 (00257205)

研究期間 (年度) 2014-04-01 – 2018-03-31
キーワード秦漢時代 / 墓制
研究実績の概要

本年度は当初の計画に基づき、華中と華南での前漢墓から後漢墓への移行について検討をおこなった。
華中では報告例が多い南陽地区の中小墓を対象とした。南陽地区では前漢時代中期までは戦国時代以来の竪穴木槨墓が継続して造営され、後期に入ると竪穴木槨墓とともに、竪穴磚槨墓が造られるようになる。これに続く王莽期になると前室と後室が通路なしでつながる磚室連室墓が出現している。この磚室連室墓は華北と同じ構造で、副葬品を置く前室は天井が高く、死者が安置される後室はヴォールト形となっている。ただし南陽地区では後室が中央で仕切られていることが特徴で、平面図では2室のように見え、時代が降るにつれて後室は拡大する傾向が認められた。後漢時代後期には、磚室連室墓に加えて、複数の墓室を通路で結ぶ磚室複室墓の造営が始まっている。
華南では広州地区の中小墓を対象とした。広州地区では前漢時代前期には木槨の短辺に入口を設ける単室の木室墓が造営され、中期にも継承されている。後期になると単室の木室墓に前室を加えた木室連室墓が造られるようになる。後漢時代前期になると木室墓、木室連室墓とともに、磚室連室墓が造営されるようになり、木室墓から磚室墓へと移行していった。その後後期になると磚室複室墓が造られるようになる。
以上の検討から、華中・華南ともに王莽期から後漢時代前期にかけ、それぞれの地域の伝統的な墓葬から連室墓、特に磚室連室墓へと移行していったことが明らかになった。このような連室墓への移行は、華北でも広く認められることであり、その時期も王莽期から後漢時代前期で共通している。つまり、前漢時代末から後漢時代かけての時期に、中国各地で連室墓への移行が起こったのである。このような現象を引き起こした要因を検討することが今後の課題となる。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

当初の計画通りに中国各地の墓葬資料の検討を進めてている。

今後の研究の推進方策

研究は当初の計画通り進行しており、変更は必要ないと考えている。最終年度となる2017年度は、全体的な総括をおこなう予定である。

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公開日: 2018-01-16  

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