研究課題/領域番号 |
26370916
|
研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
葉 せいい 茨城大学, 人文学部, 教授 (30242332)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | コロニアリズム / 地理教育 / アイデンティティ / 空間認識 / アジア / 教科書 |
研究実績の概要 |
本研究は、近代日本植民地の人々が帝国日本およびアジアに対していかなる空間認識を有していたかを明らかにし、空間認識の形成において植民地政策および地理教育が果たした役割について考察することを目的としている。研究対象である台湾と朝鮮は、近代日本が国民国家として確立し、さらに周辺アジア諸国を包含した「大日本帝国」を成立させていくなかで、人材および物資・食糧供給源のみならず、文化的類似性を根拠に、精神的文化的にも帝国を支える拠点として位置づけられた。 「アジア新秩序」の構築を目指した日本植民地主義において、教育は重要な柱となった。とくに地理教育は、宗主国日本が描くアジアの空間秩序の理念を、植民地の人々に理解を促し植え付ける上で肝要な科目であったことが、これまでの調査で明確になってきた。平成26年度には、日本と台湾の地理教科書の比較をを行い、台湾の地理教科書の内容は、日本本土に比べレベルが低く設定されているものの、南洋を含む大日本帝国の地理については詳細に記述されていることがわかった。 今年度は、植民地朝鮮における植民地政策と教育政策についての調査を進めた。朝鮮が植民地となったのは、台湾領有の16年後であるが、「朝鮮教育令」の施行は1911年と、1919年施行の「台湾教育令」よりも8年早く、朝鮮での植民地教育体制の確立は台湾よりも早かったといえる。地理教育に関しては、台湾では台湾総督府発行の教科書しか発行されていなかったのに対し、朝鮮における地理教科書は、総督府だけではなく民間の教科書会社からも発行されており、教科書検定が実施されていた。この相違が何に起因するものか、明らかにする必要がある。 さらに植民地における教育政策や体制や教育内容の相違が、日本・アジアの空間認識形成にいかに影響を及ぼしていたのかについてさらに検証を進めていく。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の調査として、第一に、植民地台湾における地理教育においてアジアがいかに表象されていたか、ナショナリズム・愛国心形成にいかに利用されていたのかについて明らかにするために、教科書だけではなく、雑誌・新聞記事や小説、随筆などを収集した。それに加え、植民地統治初期の分離政策および後期の同化政策下の教育政策の転換について整理し、その転換に伴う教育内容の変化とその影響について考察した。 第二に、日本植民地期の台湾で教育を受けた人たちと面談し、当時の日本およびアジアへのイメージ形成と、日本と台湾のはざまにある自己アイデンティティについて詳細な聞取り調査を実施した。今年度は韓国での調査対象者と都合が合わなかったため、植民地期朝鮮で教育を受けた人たちへの聞取り調査は実施できなかった。 第三に、朝鮮における植民地統治政策や教育政策,地理教育に関して日本で入手可能な資料や論文、教科書を入手した。統治政策や教育政策については、台湾と比較しつながら整理・分析を進めている。台湾と朝鮮における教育政策については、同化政策を謳いながら実質的には日本人と現地の住民とで、語学能力を理由に、教育を分離していたことなど、方針において共通する点も多いが、地理教育の内容については、朝鮮で郷土教育が重視されていたことなど差異がみられる。学校教育だけでなく、植民地社会での日本語教育普及の方針も異なっている。これらの差異の背景・要因について、さらに精査を進める予定である。 台湾の地理教科書については入手可能なものは全て入手したが、朝鮮の地理教科書については未入手のものがある。朝鮮総督府発行の教科書は日本に所蔵されていないためであるが、来年度実施予定の韓国での調査において入手する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、今年度は実施できなかった韓国での文献資料調査および聞取り調査を8月に実施予定である。韓国ではまず、朝鮮総督府発行および民間の地理教科書や参考書をはじめ、植民地期の新聞・雑誌記事などを収集し、植民地朝鮮における日本・アジアの表象のされ方、ナショナリズム・愛国心形成の過程について分析を行う。またソウル大学の植民地教育に関する研究を行っている研究者と研究交流を行う予定であり、日本および韓国での植民地研究の動向について意見交換を行う。また、仁川大学の日韓関係史研究者と面談し、日本の植民地統治が日韓関係に与える影響について意見交換を行う予定である。 次に、植民地期の朝鮮で教育を受けた人々に対して聞取り調査を実施し、当時の教育内容の記憶と当時の日本およびアジアへのイメージ、さらにそれがアイデンティティ形成に与えた影響について調査する。 台湾における文献調査は、これまで国立台湾図書館台湾分館など図書館で実施してきたが、当時の台北第一女学校(現・台北市立第一女子高級中学)や第二・第三女学校(現・台北市立中山女子高級中学)、台北第一中学校(現・台北市立建国高級中学)などにおいて、当時の文集や写真アルバムなどの原資料を閲覧・収集する予定である。これについては、韓国の学校においても実施したいと考えている。 これまで調査・収集した資料等については整理を進め、可能な限り分析を行ってきた。今後は、これから収集する資料も含め、全ての資料を統合したデータベースを完成させたい。そのデータベースに基づき、台湾および朝鮮それぞれに関する分析を行った上で、両者を比較し、共通点と相違点を明確にし、その要因を探究する。最終的には、植民地において日本が描いたアジアの空間認識が、植民地後のアジアでいかなる影響を及ぼしたか、結論を導きだしたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本年度、ノートパソコンを購入する予定で予算が計上されていたが、古いノートパソコンが修理によって使用可能になったため、購入しなかった。また韓国における調査を実施する予定であったが、前半はSARSの影響があったこと、また後半は韓国での調査のカウンターパートの研究者と都合が合わず、渡航を断念したため。
|
次年度使用額の使用計画 |
韓国での調査を8月、台湾での調査を9月に実施するため、旅費として使用する予定である。またノートパソコンが古くなりきわめて効率が悪いため、新しく購入する予定である。
|