本研究の目的は、フィリピン・ビサヤ民俗社会におけるカトリック聖具の消費に焦点をあて、モノを通した宗教生活、とりわけ可視性・可触性を特徴とする宗教実践がコミュニティの再編や活性化の源泉となる側面についての記述を通して、宗教実践と社会生成の関係性を文化人類学的に考察することである。このため、当初、以下の三つの研究内容を設定した。(1)聖具消費を通したコミュニティの構造化、(2)聖具を用いた地域シンボルの生成、メディア表象、観光資源化など、(3)同じ聖具を用いた地域間コミュニティ創造の比較研究。 最終年度の研究成果をふくめた研究期間全体を通して、(1)に関して、たんに地域コミュニティにとどまらず、聖具に関するさまざまな行為実践を共有する実践コミュニティについての知見を深めることができた。とくに、セブ地方における「祈り」に着目すると、声に出して詠唱するという形態以外にも(a)触れる、(b)踊る、(c)書く、といったさまざまな様態を見いだすことができ、それに応じたコミュニティの構造を明らかにできた。(2)については前期の三つの祈りの様態に対応して、とりわけ(b)踊る要素をもった祈祷がストリートダンスを主とした都市祭礼と結びつきやすいことに顕著であるが、(c)書くことを通した祈願文奉納においても文字メディアを通した自己表象や観光客でも容易に奉納儀礼に参加できる回路があることが明らかになった。(a)身体的接触をともなった宗教的シンボルの生成とコミュニティの再編については、「ものと感覚」という新たな課題を今後より拡張させるべきものとして見いだした。また(3)聖具を用いた地域間比較については、研究期間の一部をあててフィリピン・セブと同じ聖像を祭祀するチェコ・プラハの観察調査を実施したが、この方向性についても今後の展開可能性を探るべきであると考えている。
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