中国に居住するタイ系の民族である壮族の人口は1500万人であり、壮語は危機言語ではないが、中華人民共和国成立後に制定されたアルファベット表記の民族文字である「現代壮文」の制定と普及に際して、関係機関が壮族の人々の文字に対する観念と慣習を理解しないまま事業を進めたために、現代壮文の普及が進まない一方で、壮族の伝統文字である漢字系文字の「方塊字」の使用者が激減した。現在、壮族は自らの書き言葉を失うか否かの瀬戸際にいる。 本研究はフィールドワークによって壮族の人々の文字に関する観念と慣習を明らかにした上で、新旧の文字を対比させることによって、壮族に必要な民族文字はどのようなものであるのかを考えるものである。 2016年度は、現代壮文の主要な高等教育機関であった広西民族大学の関係者から、広西民族大学における壮語の教育制度の変遷および民族文学(壮族文学)の教育研究の変遷について聞き書きを行った。また高校教育の現場における壮語教育の現状について、武鳴県の高校において聞き書きを行った。さらに壮族の2名の作家(母語は壮語で創作に用いる言語は漢語である者、母語は壮語で創作に用いる言語は現代壮文である者)に、創作において漢語を用いること、現代壮文を用いることについてインタビューを行った。その上で、広西壮族自治区の文学雑誌の編集者と上海の文学雑誌の編集者に、少数民族の作家の作品において彼が用いる文字が作品世界にどのような影響を与えているかをインタビューを行った。 また2014年度2015年度に収集した資料(歌本、恋文)をの電子データ化を進めた。 壮族のうた文化と文字に関してアジア民族文化学会で口頭発表し、それをもとに論文を作成し、学会誌に掲載した。さらに現代壮文と方塊字の両者に通じた希有な壮族のうたい手であるジャン・ホンのライフヒストリーを作成し、出版作業の途中(印刷中)である。
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