本研究の目的は、法に従う義務である遵法義務を、自然状態と対比される法的状態を構築する義務として位置づけた上で、法的状態の根本的な契機を理論的に解明し、法的状態を構築する義務の正当化根拠を探求することにある。この目的を達成するため、平成28年度は、過去2年間の研究を踏まえつつ、二つの作業を行った。 第一に、遵法義務の二つの契機を相互に関連づけながら深化させた。自然状態と対比される法的状態を、そこで獲得される利益ではなくそこで保障される自由に着目して構想するのは、他人の意思からの独立として自由を捉え、その自由が保障される状態として法的状態を構想したカントの理論を精緻化するものである。これに対して、人間が死すべき存在であるという事実こそが法的状態を要請すると理解するのは、暴力死の恐怖と高慢という人間の本質的規定が国家を要請すると理解するホッブズの理論を発展的に再構成するものである。こうした、いわばカント的契機とホッブズ的契機がいかにして矛盾なく両立するかという点を、関連文献を精査しながら検討した。結果的に、法的状態を構築する義務の根底には、他者支配からの自由を尊重する義務が存在することを確認することで、カント的契機の意義を解明するとともに、法的状態と国家の複雑な関係をできる限り明晰に位置づける作業を行った。また、法的状態を構築する義務と刑罰の正当化論の関係についても、様々な角度から検討を進めた。 第二に、平成26年度・平成27年度の研究成果と、同意論・関係的責務論・フェアプレイ論・利益論など、応募者が従来行ってきた政治的責務に関する理論研究とを融合させることで、政治的責務に関する包括的な研究として単著にまとめあげる作業を進捗させた。
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