平成28年度は、憎悪表現(ヘイトスピーチ)の規制をめぐる憲法上の問題点のうち、とくに米国及びカナダの議論の日本への応用可能性の検討を予定していたところ、同年6月に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が制定されたことから、両国の議論に照らしつつ、同法の憲法上の問題点についての検証を行った。 検証の結果、1.当該新法は、ヘイトスピーチを直接に規制するものではない点において、表現の自由の保障に配慮したものと言いうるが、このことは、ヘイトスピーチの害悪に十分に対処できないとの批判にもつながること、2.同法の「不当な差別的言動」の定義が国際条約や諸外国のヘイトスピーチの定義と大きく異なることから、示威的な表現統制のおそれも指摘しうること、3.同法制定後の実務状況をみると、極めて攻撃的な言論の発信を抑制する効果が生じているようであるが、このことは、表現統制が生じていると評価することも可能であること、などが明らかになった。 本研究の成果については、比較憲法学会第28回研究会において「憎悪表現(ヘイトスピーチ)への対応と憲法」と題して日本語での報告を行ったほか、米国LSA学会の年次大会において「Hate Speech in Japan」と題して英語での報告も行なったうえで、英語の単著論文「A Comment on Hate Speech Regulation in Japan after the enactment of the Hate Speech Elimination Act of 2016」(静岡大学法政研究21巻3・4号)として公刊した。 表現の自由の保障と人種差別の解消という二つの目標をどのように調整するのかについては、慎重な対処が求められるところ、本研究では、当該問題に関する一つの検証結果を、国内外に向けて日本語と英語の双方で提示することができた。
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