研究課題/領域番号 |
26380042
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研究機関 | 愛知県立大学 |
研究代表者 |
川畑 博昭 愛知県立大学, 日本文化学部, 准教授 (50423843)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 憲法裁判所 / 新立憲主義 / ポスト新自由主義 / 法の憲法化 / 政治の憲法化 |
研究実績の概要 |
「ポスト新自由主義」の段階に入った2000年代以降のペルーでは、社会の変容過程を法の領域から受け止めるものとして、憲法や憲法裁判所の役割がかつてないほど脚光を浴びている。ペルーの法学界ではこれを「法の憲法化」や「政治の憲法化」の現象として捉え、「新立憲主義」の概念で論じる。こうした議論状況はラテンアメリカの法学全般と軌を一にしており、スペインや広くヨーロッパの議論を反映したものである。異なる歴史的文脈をもつはずの憲法や政治の問題に対して、ヨーロッパ(スペイン)の理論から問題を捉える「比較」の方法は、ラテンアメリカ全般においても根強い。これに対して、ここ10年ほど前から、自国固有の文脈を重視する立場が提起されている(典型として、ペルー憲法裁判所の判例からこの国の実体を描こうとしたマルシアル・ルビオの2006年の『憲法裁判所判例から描くペルー国家』)。 研究代表者は2015年度のスペイン・マドリッドでの長期学外研究に際して、この国の憲法裁判をめぐる議論動向を追った。ペルーやラテンアメリカの議論がこの国を経由したヨーロッパ法学の影響を受けている点に加え、新自由主義を思想的核とする社会政治経済政策に基づく昨今のグローバル化は、各地の「異なる歴史的文脈」ゆえに、一方で「経済危機」を惹起し(スペイン)、他方で「経済成長」をもたらし(ペルー)、本研究の中心課題である憲法裁判所の役割への異なる見方を生み出す。スペインに根強い憲法裁判所への消極的評価は、ペルーやラテンアメリカの傾向とは好対照を成す。 2015年度の現地調査では、ペルーおよびブラジルの研究者と本研究に基づく共同研究の可能性も議論できた。この2年間、「新立憲主義」概念を軸とした研究に力点を置き過ぎたきらいがあるが、「立憲主義」を学会の中心課題に置き続ける日本の憲法学の議論状況からすれば、正当かつ必要な作業であったと思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2014年の研究調査では、「ポスト新自由主義時代」のペルーにおける経済成長が、この国の政治社会状況にとっての大前提であるとする社会学者の見解を得たが、そうした社会学的認識があればこそ、ペルー憲法裁判所の役割を、社会学的側面から捉える憲法論は皆無に等しいがゆえに、同裁判所の違憲確認訴訟判決を「市井の人々の日常問題の解決」という観点から分析し直す重要性を指摘する憲法学者の提言を得てもいた。 以上の点を論究することで、ペルーの憲法裁判所がここ10年ほどの間に得てきた人権保障機関としての性格と、それによって同裁判所の判決が事実上もちうる規範性の実体へと到達しうる道筋があったものの、この点の作業は、長期学外研究の「君主制」の課題ゆえにやや失速した点は否めない。2015年度には「立憲主義」概念を明らかにする試みとして、「憲法とスペイン語――『言語的存在』としての一断面」を公刊したものの、やはり、長期学外研究の成果発表に重きが置かれたきらいがある(川畑博昭「スペインにおけるグローバル化と民主主義――危機のなかの『議会君主制』の変容から」、同「『日本の君主制』再論――憲法制度を凌駕する信仰」)。とはいえ、「立憲主義(Constitucionalismo)」概念を政治社会の現実との関わりで取り上げる場合、日本語(翻訳)と外国語(原語)の間に存在する無視しえない言語的差異に留意しなければ、同じ用語で異なる概念を表し、比較研究としての意義を失いかねない。本研究にとっては欠くことのできない基礎研究ではあるが、前掲のペルーの憲法学者に助言を得た社会学的考察の未決の課題であり続けている。 以上の点から、2014年度に順調に進んだ本課題は、2015年度に若干遅れを来しているものの、研究課題全体の方向性は、今後も維持すべきだと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
2014年度の時点においては、(1)ペルーの憲法訴訟法と憲法裁判所組織法のより体系的理解に基づく判例分析の課題の遂行と、(2)判事の任命に対する市民やメディアの監視力の把握の、いわば内からと外からの2つのアプローチを方向性とした。こうすることによって、ペルーにおける「新たな」立憲主義が、国民による権力(民主主義)の規範的性格を前面に押し出す「従来の立憲主義」とは一線を画し、国家権力に対する社会の監視能力に具現化される国民による権力制限の手段としての憲法の輪郭が浮き彫りにされると考えられたからであった。 こうした方向性は今後も維持することに変わりはないが、2015年度の長期学外研究で得た成果を踏まえると、憲法裁判所の役割を「ポスト新自由主義時代」の中で定位しようとすれば、ペルーおよびラテンアメリカ全体の議論動向が示すように、横軸としての比較の視点を踏まえなければ、本研究の理論的射程は拡がらないように思われる。具体的にはペルーとスペイン、あるいはより広くラテンアメリカとヨーロッパとの比較となるが、この比較そのものが、本来、歴史的文脈に由るものである。近年、「立憲主義」を盛んに論じる日本に対する理論的示唆をつかみ出そうとすればなおのこと、この比較の視点を取り入れた成果をまとめることの必要性が痛感される。 2015年度の現地調査で得た共同研究の可能性(ペルー、ブラジル、コロンビアにおける憲法裁判所の近年の動向)を念頭に置きつつ研究を進めることによって、本研究課題の意味ある成果が出せるものと思われる。2016年度中には、以上の成果を、(1)『公法研究』(日本公法学会)、(2)『愛知県立大学国際文化研究科論集(日本文化専攻編)』、あるいは(3)ペルーもしくはスペインの憲法学会誌のいずれかに、投稿予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2015年度は長期学外研究でスペイン・マドリッドに滞在しており、直接にはこの研究課題への取り組みにより重点が置かれ、本研究課題の遂行がやや失速したことによる。とりわけ、現地調査を予定通りおこなえなかった点が、次年度使用額発生の主因である。これには現地研究者の都合も関わっていたことから、2016年度には早めのコンタクトと調整を取っており、この点の問題は解消される。
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次年度使用額の使用計画 |
2015年度に予定していた調査と成果発表のために、ペルーおよびブラジルに2度渡航し、所期の目的を達成する予定である。成果発表については10月にブラジル・サンパウロ大学での国際シンポジウムに招待されており、確定している。この後に再度、現地調査をおこない、本年度の論文発表のための最終調整をおこなう予定である。
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