研究課題/領域番号 |
26380050
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
川岸 令和 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (10224742)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 情報の自由 / 表現の自由 / 熟議民主主義 / メディア / ジャーナリズム / ヘイトスピーチ |
研究実績の概要 |
本研究は、情報の自由で豊富な流通に基づく討議され熟慮された意見が広く市民の間で共有される自省的な社会を構想することを目的としている。そうした目的設定は、3.11を経験して、何にもまして情報の自由で豊富な流通が確保されなければならず、その副作用は権威ある情報源による積極的な情報提供によって緩和されるべきであり、さらに既存利益に依拠した二者択一的な政策決定の姿勢に根本的な反省が必要であるという認識に基づいている。様々な要検討事項のなかから、まず、大規模災害時の情報の流通のあり方を東日本大震災に即して検証すること、そして討議され熟慮された意見の共有はいかにして可能か、その対極にある、偏見や憎悪に基づく表現の影響力をどのように統制すべきかについて解明しようとした。 東日本大震災時の情報の流通については、災害情報論の知見に学びつつ、実証的な分析を心がけた。ただ災害情報論自体が、情報を活かして防災・減災に役立てるという実践的な学問であり、情報の規範的コンテクストが重要であるとするので、個人の尊重という憲法上の価値を基礎に据えて検討している。熟議やヘイトスピーチについては、憲法や政治思想の領域でかなりの蓄積があるので、海外の実践を比較の視点をもって、規範的意味合いを明らかにすべくそれらの再検討を開始している。 これまでのところ、東日本大震災での情報の流通の検証から、①記録の保存が出発点であること、②レジリエントな情報流通システムの確保が必要であること、③様々なメディアがその特性を活かし、複数ずつ並存する状況を維持発展させることが枢要であること、④そのためにはジャーナリストや専門家が専門的な情報の批判的な読解を普通の市民に提供することが決定的に重要であるとの暫定的な結論を引き出した。また熟議デモクラシーおよびヘイトスピーチについては重要な著作の翻訳を準備し、論点の再整理を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、東日本大震災時の情報の流通に関しては、2013年10月に開催された公法学会において口頭で行った部会報告を基にした論攷が公法研究76号に掲載された。またその学会報告を基にし、災害時の情報の流通についての側面をさらに拡大した別の論攷もまとめることができた。さらに3.11後の自省的な社会のイメージを民主的意思決定の視点からスケッチする小論も発表した。この小論は、熟議デモクラシーに関する著作の翻訳出版と連動している。それは、近時日本でも広く議論されるようになっている熟議デモクラシーの重要な文献の一つであるAckerman & Fishkin, Deliberation Dayを再読し、翻訳することで可能となった。そうした作業によって、熟議デモクラシーの理念的側面に加えて、実際的制度化における諸問題が整理でき、また、論点の切り分けを通じて多様化し複雑化した今日の社会にあっても、普通の市民が効果的に意思決定に参加できる可能性を展望できた。また、合衆国最高裁判所の最近の諸判例を辿り、選挙過程への金員の影響につき権利と制度との均衡の必要性を再確認した。 さらに最近日本でも耳目を集めることになっているヘイトスピーチに関して、その危害を哲学的に明らかにし、アメリカ合衆国における表現の自由絶対主義的態度を退け、規制の必要を訴えるWaldron, The Harm in Hate Speechを精読し、翻訳の準備をした。それによって、特殊アメリカ的な文脈に留意しつつ、この分野におけるこれまでの議論についての理解を深化させることができた。加えて、現代ジャーナリズム事典の編集に参加し、法律関連事項を担当することで、表現の自由やジャーナリズムをめぐる様々な問題について視点を新たにすることができたことも大きい。 以上のような研究の進捗によって、本研究の土台がかなり形成されてきたと感じている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、①ヘイトスピーチや流言蜚語という情報の自由な流通の擁護がもたらす負の側面の緩和策の検討、②情報通信技術の発展が著しい現代において自由で民主的な社会に相応しいメディア規制のあり方の解明、③それらを踏まえた情報の自由で豊富な流通がどのように民主的な意思決定を洗練させより自省的な社会の構築に寄与するのかの探求という、大きく3つの、相互に関連し合う要素で構成されている。研究1年目はそれぞれの要素で基礎的な作業を行ってきたが、今後は、そうした土台の上にさらに研究を進展させ、最終的に統合を図ることになる。 第一の要素では、ヘイトスピーチの研究を深化させることである。約四半世紀前にアメリカ合衆国のスコキィ事件を検討する論攷を発表したが、上記翻訳の成果を基礎にして、その後の展開をヨーロッパでの議論も参照しながら追うことにする。また流言蜚語に関しては、まず、うわさの拡散という観点から研究を開始することにしたい。ヘイトスピーチや流言蜚語の研究は、第二の要素のうち、インターネット規制のあり方とも密接に関連する。様々なメディアの並存という状況を維持するために、マスメディアの果たすべき役割は大きいので、発表ジャーナリズムを脱する方策の検討にも取りかかりたい。第三の要素は、前二者との相互関連性が高く、本研究の中心をなす部分である。概して言えば、熟議デモクラシーを可能にする制度構築につき理論面と実践面の双方からの検討をさらに続けることにエネルギーを注ぐ。そして、政治過程に対する金員の影響力の統制という問題については継続的に、また集合知の可能性についてはいよいよ本格的に、注目していきたい。 平成27年度は勤務先から特別研究期間を与えられ、オランダのアムステルダム大学で在外研究に従事している。当地の研究者との交流によって研究課題に新しい視点をもたらしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度前半は、勤務先の行政職にあり、新カリキュラムの執行などで多忙を極めた。後半は、行政職にあった間に遅滞していた諸仕事、特に執筆活動に追われていた。それら執筆活動は、本研究に直接的にあるいは間接的に関連するものが多く、研究自体は相当の進捗をみた。しかし、海外でのインタビューなどの研究調査活動の機会をもつことができず、当初計画していた旅費を使用することができなかった。その結果、次年度使用額が発生することになってしまった。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度は、勤務先から特別研究期間を与えられており、オランダのアムステルダム大学法学部公法部門に滞在している。したがって、幸いにも研究に専念できる環境が整っており、本研究の一層の進展が見込まれる。また、ヨーロッパでの憲法研究者との交流の機会が増えると予想される。さらに、東京で開催される、本研究の課題に関連した憲法関係の研究会に定期的に出席し討論する必要があるので、日本との往復が複数回見込まれる。以上のように、計画では本年度は旅費の使用額が増加する予定である。
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