研究課題/領域番号 |
26380050
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
川岸 令和 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (10224742)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 情報の自由 / 表現の自由 / 熟議民主主義 / メディア / ジャーナリズム / ヘイトスピーチ |
研究実績の概要 |
本研究は、3.11の経験の反省に基づき、情報の自由で豊富な流通に基づく討議され熟慮された意見が広く市民の間で共有される自省的な社会を構想することを目的としている。3.11後の状況は、何にもまして情報の自由で豊富な流通が確保されなければならないことを痛感させた。もちろん情報の自由には副作用もあるが、それは情報の規制によってではなく、様々な権威のある情報源による積極的な情報提供によって緩和されるべきである。また、社会的な意思決定過程については、既存利益に依拠した二者択一的な問題設定の姿勢に根本的な反省が必要である。こうした認識にたって本研究は推進されている。中心的課題は、討議され熟慮された意見の市民間での共有を促す制度をどのようにして構築できるのか、またその対極にある、偏見や憎悪に基づく表現の影響力をどのように統制すべきかの解明にある。 熟慮され討議された意見が市民の間で共有されるためには、熟議を促進する仕組みが必要である。違憲審査制度はそうした仕組みの一つと理解することができる。日本における最高裁判所の役割をめぐって、大野正男元判事の業績を考察することを通じて法曹一元的理念の重要性を指摘する論攷を発表した。また世界に大きな影響を与えているアメリカ合衆国最高裁判所については、政治過程における位置づけに注意をして、最近の議論の動向を追っている。熟議民主主義に直結する選挙資金規制に関して、最高裁の最近の判決について権利と制度との交錯という観点から論攷を発表した。 ヘイトスピーチ研究の重要な著作の翻訳を共著の形で出版できた。それを通じて論点の再整理を行った。アメリカとヨーロッパとの比較研究にも着手している。さらに立憲主義や憲法秩序の動態といったより根本的なレベルでの制度設計についても、翻訳を発表したり論攷を準備したりして理解の深化に努めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
討議に基づく熟慮は自省的な社会の構成のために必要不可欠である。熟議民主主義の理念的側面の再確認に加えて、その制度化の際に問題となるであろう諸論点の整理を行った。多様化し複雑化した今日の社会にあっても、普通の市民が効果的に意思決定に参加できる可能性について展望をもつことができた。また熟議民主主義の実現のためには、違憲審査制も重要な役割を果たす。最高裁判所が、憲法に表れた過去の人民の意思を援用しつつ多数決に基づく意思決定に対して異議を申し立てることは、全体としてより分節化されより自省された社会的意思決定に貢献する可能性がある。特に最高裁判所に法曹一元的要素をより積極的に取り入れることで、多様な前職の優れた業績に裏打ちされた法解釈が違憲審査に投影されることになり、熟議をより洗練されたものにするであろう。また、違憲判決の反多数性の難題の再検討に加えて、政治機関と異なり裁判所は一般に人々がその活動を知れば知るほど支持が高まるという共通の理解から、裁判所と世論との関係について、また権利実現のため合衆国最高裁判所に照準を合わせた運動について、関心を展開させている。選挙過程への金員の影響につき権利と制度との均衡の必要性を再確認する論攷を発表した。 ヘイトスピーチに関しては、その危害を尊厳という観点から明らかにし、アメリカ合衆国における表現の自由絶対主義的態度を退けるJ. Waldron, The Harm in Hate Speechの翻訳を谷澤正嗣氏との共訳で『ヘイト・スピーチという危害』として出版できた。またアメリカと対照的なヨーロッパの状況についても理解を深めている。本研究は、より根源的には、憲法体制の組織化の仕方を問うことになるが、その関連で立憲主義や憲法秩序の変動についても、考察を続けている。 上記の研究の進捗を通じて、本研究の土台形成がさらに進んだと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、①ヘイトスピーチや流言蜚語という情報の自由な流通の擁護がもたらす副作用の緩和策の検討、②情報通信技術の発展が著しい現代において自由で民主的な社会に相応しいメディアのあり方の解明、③それらを踏まえた情報の自由で豊富な流通がどのように民主的な意思決定を洗練させより自省的な社会の構築に寄与するのかの探求という、大きく3つの、相互に関連し合う要素で構成されている。さらに憲法秩序の構成というより根本的な問題にも視野を広げて、3つの要素の最終的に統合を図ることになる。 究極的な課題は、自省的社会の憲法秩序のあり方についての研究を深化させることである。まず、熟慮に基づく討議の正反対にあるヘイトスピーチについて、欧米の比較研究を進め、日本の現況への対応の指針を得ることである。ヘイトスピーチを含む表現の自由の困難な状況についての諸論攷を再構成して書籍にする計画を着実に進展させたい。また別の副作用である流言蜚語に関しては、うわさの拡散という観点から研究に取り組みたい。次に、インターネット社会においてもマスメディアの果たすべき役割は大きいので、ネット社会におけるジャーナリズムのあり方の解明が決定的に重要になる。日本に特徴的な記者クラブ制度を中心に発表ジャーナリズムを脱する方策の検討を本格的に進めたい。第三に、前二者との相互関連性に注意しつつ、熟議民主主義を可能にする制度構築につき理論面と実践面の双方からの検討をさらに続けることにエネルギーを注ぐ。憲法秩序の構成というより根源的な要素に留意しつつ、より自省的な社会の構成のための制度設計を試みる。普通の市民の役割や集合知の働きにも注目していきたい。 平成28年度春学期は引き続きオランダのアムステルダム大学で在外研究に従事している。当地の研究者とのさらなる交流によってヨーロッパ的視点を研究の遂行に取り入れていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度は勤務先から特別研究期間を与えられ、オランダのアムステルダム大学法学部憲法行政法部門に滞在していた。日本から持ち越した仕事には、本研究に直接的にあるいは間接的に関連するものが多く、また、セミナーで報告をしたこともあり滞在先の研究者との交流も深まり、研究自体は相当の進捗をみた。確かに次年度使用額が生じたが、それは4,617円に留まり、基本的には円滑な研究態勢を維持できた。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度春学期は、勤務先から特別研究期間の延長が認められ、オランダのアムステルダム大学法学部憲法行政法部門に引き続き滞在している。この環境を活かして、本研究の一層の進展が見込まれる。特に、本研究の中核をなす表現の自由の保障をめぐる書籍の出版に向けて力を注ぐ予定である。さらに、東京で開催される、本研究の課題に関連した憲法関係の研究会に定期的に出席し討論する必要があるので、日本との1度の往復が予定されている。最終年度は規定の使用額になる見込みである。
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