本年度は、価値追跡論に関する研究をすすめた。 第1に、通史的考察として、ヴィルブルク・ベール後の価値追跡論の展開を跡づけた。オーストリアでは、コツィオールやF・ビドリンスキーといった代表的な研究者が、ヴィルブルクの学説を承継したため、価値追跡論は、現在ではよく知られた有力説となっている。近時では、価値追跡の射程範囲を検討した、ボレンベルガーの博士論文があらわれている。これに対し、ドイツでは、ベールの研究が公刊された後も、価値追跡論に対する評価は低かった。もっとも、シュタドラーやブレームのように、この構想を受け継ぐ者がなかったわけではない。さらに、近時では、価値追跡の構想を高く評価したうえで、その限界づけについて考察をくわえた、アイスマンの博士論文が注目を集めている。日本においては、ベールの研究を紹介・検討した松岡が、その後も自身の構想を展開しているほか、直井や安達のように、ベール・松岡の着想を引き継ぐものがあらわれている。 第2に、理論研究として、次の問題を取り上げた。まず、価値追跡の要件として検討をくわえたのは、①価値追跡者の範囲、とりわけ、労務や役務を提供した者も価値追跡者に含まれるか否か、②信用付与の意思の欠如の要件について、その構成や内容をどのように捉えるか、③特定性・識別可能性の要件との関係で、とりわけ誤振込のケースをどのように解決するか、④価値追跡の相手方に資力があるときにも、なお価値追跡を認めるべきか否か、といった問題である。次に、効果については、価値追跡者に優先権を付与するための構成、具体的には、取戻権に依拠する試みと、先取特権を応用する試みを検討した。最後に、基礎的な問題として、価値追跡論と債権者平等原則・特権の思想との関係をそれぞれ整序するとともに、価値追跡の考え方は解釈論としてなりたちうるものなのか、それとも立法論にとどまるのかについて考察をくわえた。
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