本研究の着眼を得たのは、数学で用いられる「平均値」が、2乗誤差を確率測度で積分したものを最小にする値であることを申請者が知った、かなり昔にさかのぼる。統計学ではあまり疑問を持たれることもなく採用される2乗誤差が、経済学の文脈では必ずしも当たり前ではないことを考えると、これ以外の誤差関数を最小化しようとする経済主体の行動を分析することには大きな意義があると考え、その研究を進めた成果が、2009年に公刊された Journal of Mathematical Economics 誌の申請者による単著論文である。この論文では、経済主体が、非対称的な誤差関数を用いる場合を例として示したが、本研究はこの発展を試みるものであった。特に、非対称誤差を最小化しようとする経済主体の行動が、どのような経済学的帰結をもたらすかを中心に研究を行った。その中でも、もっともインパクトがあると思われるのが以下で述べる結果である。エルスバーグの逆説と呼ばれる有名な意思決定論における状況がある。これは、伝統的な期待効用を用いている経済主体が、絶対に選択しないであろう様な選択のパターンが、実際の実験においても、思考実験においても、頑健なものとして観察されるというものである。この選択パターンを説明するために、経済主体が、「加法性」と呼ばれる確率が本来満たすべき性質を満たさないような「確率もどき」を使用するか、あるいは、複数の確率を用いて、複数の平均値を計算している、という経済主体の行動に関する仮定を置くことがこれまでに行われてきた。しかし申請者は、そのようなトリックを用いることなく、これまで通り、一位に定まる加法的な確率を用いる経済主体でも、非対称的な誤差関数の最小化を行っていると仮定することによって、エルスバーグの逆説を説明し得ることを示した。この結果は、申請者の近刊に収録される予定である。
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