日本の特許法上,特許権侵害に対する救済に対する損害賠償のあり方としては,技術開発者の逸失利益に基づく基準,侵害者利益に基づく基準,相当実施料額による基準がある.製品生産を効率化する技術の研究開発と製品生産を行う技術開発者1社と潜在的侵害者1社が製品市場で数量競争を行う理論モデルを用いてこれらを分析した. 逸失利益基準の下では,研究開発投資が効率的である(製品生産費用削減のための研究開発の費用が低い)場合には特許権による保護を強化することが技術開発者の利益を増加させるが,研究開発投資が非効率的である場合には特許権保護強化が技術開発者の利益をかえって減少させることを示した. また,研究開発投資の効率性が極めて低い場合には侵害者利益基準による損害賠償は技術開発者の権利を過剰に保護し,研究開発投資の効率性が中程度の場合には逸失利益基準による損害賠償では技術開発者の権利保護が社会的高率水準より低いことを示した. これらに関連して,技術スピルオーバーがある場合に,どの程度の特許権保護の強さが社会的に望ましいかの理論的分析も行った.製品市場でクールノー競争が行われる場合もシュタッケルベルク競争が行われる場合も,研究開発投資が効率的であれば特許権保護が完全であるときに社会厚生が最も高いが,そうでない場合は中程度の特許権保護のときに社会厚生が最も高いことを示した.また,研究開発投資が効率的でありスピルオーバーが大きい場合は,独占の下の社会厚生がシュタッケルベルク競争下の社会厚生よりも高い場合があることを示した.
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