研究課題/領域番号 |
26380428
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
藤村 聡 神戸大学, 経済経営研究所, 准教授 (00346248)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 日本経済史 / 日本経営史 / 企業史 / 人的資源管理 / 総合商社 |
研究実績の概要 |
課題初年である平成26年度は、まず全産業分野における従業員の学歴分布を通観すべく、昭和5(1930)年に文部省が作成した「会社工場従業員学歴調査報告」を分析した。同史料は昭和初年の大恐慌で新卒学生の就職が極度に悪化した社会的背景を受け、文部省が紡績業・銀行・卸売業・不動産業・電機産業などの各業種や官営工場の従業員の実態をまとめた貴重な資料であり、企業部分は刊行されている資料集を利用し、官営工場部分は未だ刊行されていないので東京大学教育学部図書室の架蔵物を採集した。その研究成果は「戦前期企業・官営工場における従業員の学歴分布 -文部省『従業員学歴調査報告』の分析-」(『国民経済雑誌』第210巻第2号、2014年8月)に結実し、そこでの重要な発見は貿易業(三井物産)では従業員の過半が学卒者でありながら、部長就任率は学卒者と初等教育修了者はほとんど変わらない点である。即ち、貿易業は入社に際しては学歴を重要視する一方で、入社後は学歴を重視しないという極めて特異な人事政策を遂行していたのであり、これはすでに発表した貿易商社兼松の知見に一致する。 続いて神戸大学経済経営研究所が架蔵する「鐘紡資料」から従業員の賃金・配属部署・年齢・学歴などが記載されている昭和12年の職員名簿を検討した。同名簿は約2千名の職員を記載し、平成26年夏にその全員をエクセルに入力した。その結果、同社の賃金構造は学卒者:上位階層、非学卒者:下位階層と分離しており、従来の戦前期企業のイメージ通りにホワイトカラー企業とメーカー企業が異質な存在であることを確認できた。同データは山口大学経済学部の川村一真准教授によって統計的に解析され、本学経営学研究科の清水泰洋教授も参加して「戦間期鐘紡の職員構成 -昭和12年名簿による職務と学歴の分析-」(『経済経営研究年報』第64号、2015年3月)として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究活動では、全産業におけるホワイトカラー企業の人員構造の基本的な性格はもちろん、長年研究している貿易商社の特異性を一次資料に基づいて確認した。それらの資料のいくつかは、すでに先行研究が分析しているものの、今までにない問題意識と分析視覚を導入したことにより、いくつかの重要な新しい発見をなしえた。またホワイトカラー企業だけではなく、メーカー企業に勤務する従業員のキャリア・パスを明らかにすべく、日本最大のメーカー企業であった鐘紡を題材に、同社の事務職員と工務職員を比較しつつ賃金構造やキャリア・パスから従業員と学歴の関連性を検討した。これらの分析では戦間期の文部省報告書及び各企業の従業員名簿を十全に駆使し、それにはパソコンによる大量の情報処理が不可欠であったが、幸い大学院生を雇用して作業は迅速に進捗し、予想以上の短時間で有意義な研究成果を得た。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の作業は、端的には産業全体におけるホワイトカラー企業の特徴を確定することを目的にしており、その一手段として全体が俯瞰できる資料を選択し、その大量の情報処理を通じて現象を観察したと言える。その成果を踏まえた上で、今後は、なぜそうした現象が生まれたのかという原因を考察しなければならない。特に貿易商社における学卒者の多さは着目すべき現象であり、長年分析している兼松や、貿易業のリーディング・カンパニーと呼ぶべき三井物産などの商社資料を深く読み込むと共に、広く資料を渉猟してキャリア・パスにおける学歴の効用を検討したい。具体的には企業内部で発生した従業員の不祥事に注目し、従業員の処遇に対する学歴の効用を検討する。最終的には本課題では学歴に対して戦前期企業社会が持っていた評価を明らかにして、とりわけ各教育課程の中から高等教育の意義について考察したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度は、昭和5年文部省の「従業員学歴調査報告」及び昭和12年の鐘紡従業員名簿という大部の資料を採集すると同時に、そこに記載された従業員の情報をエクセルに入力して統計的に処理した。その作業には大学院生を雇用したことで作業時間は著しく短縮され、平成26年中に論文2本、学会発表1回という予想外の成果を得た。そのほか経費の使途は企業資料の調査や、研究課題に密接に関連する書籍及び必要最小限の消耗品の購入などに充当したものの、僅かながら端数の残高が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成26年度に分析した資料は、有り体には昭和5年文部省の「従業員学歴調査報告」と昭和12年の鐘紡従業員名簿の2点に過ぎないという見方も出来る。それらは情報処理に多大な労力を要する資料であり、1点で論文に値する資料であったとも評価されるが、平成27年度にはさらに細かく各企業の内情を探るべく、広範な資料調査を実施したい。直近の予定としては三井文庫に収められている三井物産の人事記録や、東京大学経済学部図書館が架蔵する古河大連支店の記録などを採集するほか、戦前期企業人事に関する書籍の購入や研究補助者の雇用など、適切に経費を支出する。
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