研究課題/領域番号 |
26380428
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
藤村 聡 神戸大学, 経済経営研究所, 准教授 (00346248)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 経済史 / 経営史 |
研究実績の概要 |
研究計画の中間に当たる平成27年度は、「戦前期企業社会の学歴評価」という本来の課題を中心にしつつ、さらにそれを拡張するように心掛けた。そのため平成27年10月に大阪大学で開催された経営史学会の全国大会で、明治大学若林幸男教授を中心にした戦前期商社の海外活動に関するパネル報告に参加し、兼松シドニー支店に関する分析を発表し、そこでは日本人従業員のみならず、オーストラリア人従業員の学歴についても論じ、同社の人事方針の全体像の構築を試みた。 また、その発表準備と平行し、夏ごろに新しい着想を得て、従来の研究になかった別角度から戦前期企業と学歴(高等教育)の関係が摘出できる可能性に気づき、急ぎその分析作業に着手した。即ち、すでに知られている幾つかの史料を組み合わせて各企業の学卒者の多寡を個別に割り出し、次に戦間期にそれらの企業が存続したかを追跡した。分析の対象は商社を中核に貿易業に携わっていた神戸・横浜・東京・大阪の約500社、期間は1920~1935年である。分析の結果、学卒者を雇用した企業は、そうでない企業よりも存続率が高く、高等教育は企業の存続に影響したという観察がなされた。これは当初の予定にはなかった作業であり、スピン・オフの作業であったが、柔軟に研究計画を練り直すことで研究に新たな側面を付け加えることに成功したと評価される。現在は論文化を進めると同時に、平成28年6月に開催される社会経済史学会の全国大会で発表すべく、統計学的にも結論が支持されるかどうかの検証を行っている。 当初の計画というべき企業内部の不祥事に関しては、兼松と三井物産のほか、平成27年には東京大学経済学図書館が所蔵する古河商事の『大連事件顛末調書』を採集し、現在も分析を進めている。商社の内部不祥事は従業員の学歴と密接に関係しており、実態を解明して、これらの事例分析を通じて高等教育の意義を考察したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該科研費の課題は、端的には企業活動における学歴の効用の考察であり、そのために、いくつかの作業を設定してきた。作業はおおむね予定通りに進捗し、全体としての展望は確立できたと思われる。最も成果として強調したい結論は、産業分野ごとに特性が存在するという点である。具体的には昭和12年の鐘紡の職員名簿を分析し、その賃金構造は貿易商社の兼松とはまったく異なっており、氏原正治郎のいう「戦前期企業社会は学歴に基づく強固な身分制社会であった」という主張に沿ったものであった。また昭和5年に文部省が作成した従業員学歴調査書によれば、ホワイトカラー企業では貿易業以外に銀行や保険業、あるいはメーカー企業では紡績業や造船業など、さらに官僚組織では東京市役所を分析した。その結果、従業員に占める学卒者や女性の割合を計測すると、各産業分野はそれぞれに異なっており、一律に「戦前期企業」と一括りにするのは問題があり、分析の目的によっては個別に各業種の特性を充分に考慮しなければならないことが判明した。とりわけ本課題が主要な対象にする貿易業では従業員の学卒者率が他の産業に比べて突出して高かったと考えられ、三井物産や兼松などは従業員の過半が学卒者であり、伊藤忠も戦間期の新入社員は学卒者が大部分を占めていることが分かった。 また貿易業に携わる企業の存続率を神戸・横浜・東京・大阪の約500社を対象に1920年と1935年の動向を追跡したところ、学卒者(正しくは官立高商の出身者に限定している)を雇用していた企業は、学卒者がいなかった企業よりも存続した割合が高かったことが観察できた。こうした、これまでの成果を踏まえると共に、本課題の中核である高等教育の意義を考察すべく、現在は企業内不祥事の事例分析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
最終年になる平成28年度は、これまでの分析の成果をまとめると共に、課題全体に関わる戦前期企業社会における学歴の効用という問題を考察すべく、特に高等教育の意義の解明を試みたい。具体的な視点としては、企業内部で発生した不祥事に注目する。企業内不祥事は、おそらく企業の外部に最も流出しにくい情報であり、その実態解明には内部資料を利用せざるを得ない。特に本課題では学卒者率が突出して高かった貿易商社を主要な対象にしており、兼松・三井物産・古河商事の史料を採集し分析したい。兼松は「兼松史料」のうち社史の素稿である『兼松商店史料』及び重役書簡に社内で発生した不祥事に関する記事が収録されており、不祥事の内容やその処罰が判明する。三井物産は三井文庫が所蔵する『社内報』に依拠し、世上を騒がせた名古屋事件の概要を把握したい。また大正後期に社員による独断的な先物取引が原因で経営破綻した古河商事は、東京大学経済学図書館がその経緯を詳細に社内で調査した『大連事件顛末調書』を所蔵しており、同資料によって古河商事の大連事件の実態を確認する。これらの分析では、特に不祥事の主体になった従業員の学歴に注目したい。即ち、兼松の不祥事はいずれも非学卒者、三井物産の名古屋事件は小供(給仕)出身の非学卒者、また第一次大戦期のニューヨーク事件は甲種商業学校である神戸商業学校卒業者、古河商事の大連事件を引き起こした人物は甲種商業学校の名古屋商業学校の卒業者であり、いずれも非学卒者という点が共通している。学卒者が不祥事の主体となった事例はほとんどなく、これらの事例分析を通じて、高等教育修了者の規律性や、企業活動に占めるその効用を考えたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
物価の変動などによって当初の計画金額と差異が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度繰越金の金額は僅少であり、次年度の執行は計画通りに達成できる予定である。
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