本研究は、民国期初期の中国において、総商会などの経済組織が市場秩序の形成において果たした役割を史資料に基づいて明らかにし、近代中国における市場秩序の形成過程の全体像を描くことを目的としている。特に、近代中国における重要な商埠の一つである青島を対象とし、青島総商会(及びその前身である青島商務総会)による商事紛争案件の解決及び処理事例の分析を通じて、市場秩序の形成過程の解明に関する実証研究を行ってきた。 具体的には、個々の紛争案件を巡る、紛争当事者、商会、司法機関等の各種ステークホルダー間でやり取りされた文書、書簡等の資料から、紛争解決過程における総商会の機能について解き明かし、当時の企業や商人(「商号」)にとって総商会による紛争解決機能が持つ意義を歴史制度分析の観点から経済学的に考察した。特に,青島市档案館所蔵資料のうち,1923年に発生した大型商号の破産案件に対象を絞り、商会が各関係者(債権者、債務者、司法機関、警察機関等)との間でやり取りした書簡を収集し、1925年の紛争解決に至るまでの具体的プロセスを把握した。 これらの作業により、総商会が、司法機関とは異なり、強制執行や紛争当事者の拘束等の権限を持たないものの、帳簿調査による債務関係の明確化や紛争当事者の信用調査など、紛争解決過程において重要な役割を果たしていたことが明らかになった。このことから、総商会という第三者的な主体に紛争解決費用を含む取引費用を引き下げる機能があり、近代中国の市場経済の枠組みが多様な組織が関与することによって形成されていたことがわかる。
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