研究課題/領域番号 |
26380453
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
水村 典弘 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 准教授 (50375581)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 共通価値創造 / DWDG仮説 / ネスレ / 社会価値 / KPI / 株主重視の経営 / ビジネス倫理 / CSR |
研究実績の概要 |
本年度は、CSVのコンセプトとフレームワークの精緻化を図るとともに、CSVが前提するDWDG仮説の観点から、我が国で先進的だとされるCSV事例を検証した。
本研究で特に注目したのは、CSVと戦略の関係についてである。つまり、「CSRの一歩先行く」とされる「ネスレCSV」は、途上国の市場開拓を視野に入れ、「攻勢防御」の態勢を整えていることを明らかにした。具体的には、「社会にとっての価値」と「企業にとっての価値」とを見える化(指標化)して、本社主導で傘下の事業会社各社のパフォーマンス測定の体制を整備している。また、グループ全体の有機的成長率(OG)や実質内部成長率(RIG)の値は一定の範囲内で推移してきているだけでなく、同本社(スイス証券取引所上場)の株価と配当金も一定のレンジで動いてきている。以上の点で、ネスレCSVは、企業価値向上と株主重視の経営を視野に入れた戦略コンセプトなのだといえる。
ともすれば「算盤尽」「情けは人の為ならず」の戦略だとされるネスレCSVとは対照的に、日本企業におけるCSVの先進事例には、以下の特徴がみられる。第1に、CSVを冠した事業の多くは、当該事業のキーパーソンとなる事業責任者の高い志に根差したものであり、「増収増益」「コスト削減」効果を視野に入れた戦略とは異なる。第2に、本社主導のCSV推進体制が整えられているものの、CSVの効果測定のフェーズにまで踏み込んでいない。ただそうはいってもやはり、「CEO・経営トップとして目指すべきは、倫理的に正しく、かつ増収増益を見込める領域である」という認識が共有されていることも関係者へのヒアリングを通じて明らかとなった。しかし、「倫理的に正しい決断を下しても、結果数値が付いてくることはかぎらない」という認識も同時に共有されている。こうした企業人の事実認識を踏まえたうえで、次年度の課題に取り組む予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、我が国で先進的だとされるCSV事例の分析に照準を絞って研究資源を充てた。
本年度中に実施した研究の内容は、当初計画案に沿った成果を確実に出している。具体的には、以下のとおりである。第1に、CSVのコンセプトとフレームワークの精緻化を図るとともに、日本企業におけるCSVの先進事例を概観し、本研究の最終的な目標に据える日本版CSVの構想に至るロードマップの基盤的な条件を整理することができた。特に、本研究がベンチマーキングするネスレCSVとは異なるタイプの日本型CSVの性格特性を各種事例(例、「[ノンアルコール飲料]キリンフリー[キリンホールディングス株式会社]」、「新興国向け簡易式トイレ「SaTo(Safety Toilet)」[株式会社LIXILグループ]、「茶産地育成事業[株式会社伊藤園]など)から抽出し、我が国企業におけるCSVの特殊性を帰納によって導き出すことができた。また、ネスレCSVがいわゆる「株主重視の経営」を視野に入れたコンセプトであるのに対して、ステークホルダー重視の経営とも評される日本企業の特徴に紐づけて説明できた点は、当初計画案を超える成果だといえる。第2に、本年度までに得られた研究の成果を社会に広く発信することで、研究代表者の知見や経験では得られない論点や視点を本研究に盛り込むことができた。本年度中の研究成果は、具体的には、①雑誌論文(2件)、②学会発表(1回)、その他(1件)である。
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今後の研究の推進方策 |
次年度については、日本版CSVのコンセプトとフレームワークを確定するとともに、CSRのフロンティア領域の創成と日本版CSVの構想を具体化する。また、本研究が前提するDWDG仮説については、同仮説の内容を4類型にまとめたL字型マトリクスを作成し、日本企業においてCSR・CSVと冠した事業の内容を整理する。具体的には、マトリクスの横軸に「倫理的に正しい事業」、あるいは「倫理的に正しくない事業」と置く。また、マトリクスの縦軸には、「企業業績にプラスの効果をもたらす事業」、あるいは「企業業績にプラスの効果をもたらさない事業」と置く。この横軸と縦軸による4象限マトリクスを用いて、本研究が前提するDWDG仮説を以下4つに類型化することができる。(象限1)CSV型(=倫理的に正しく、かつ企業業績にもプラスの効果をもたらす事業)、(象限2)グレーゾーン型(=倫理的に正しくなくても、企業業績にプラスの効果をもたらす事業)、(象限3)企業価値毀損型(=倫理的に正しくなく、かつ企業業績にプラスの効果をもたらさない事業)、(象限4)CSR・社会貢献型(=倫理的に正しくても、企業業績にプラスの効果をもたらさない事業)――。次いで、"Do Good"(善いことをする)については、途上国におけるマーケティングの在り方について疑問を投げかけたKarnani, A(2007)の議論や、メタ倫理学の領域で長らく議論されてきている「~にとっての良さ(good for ~)」(L.W. Sumner, 1996)などの学説を援用して、①「『~にとって善い』という善さは果たして本当に存在するのか」、②「『~にとって善い』とは、果たしてどのような状態なのか」について、本研究で取り扱った個別具体的な事例を踏まえて検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度内に予定していたアメリカ合衆国への出張が、学内の業務等により中止となったため。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額については、本研究の内容に関係した図書の購入と、本研究の内容に関わるヒアリング調査のための旅費に充てる。
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