研究課題/領域番号 |
26380454
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高橋 伸夫 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 教授 (30171507)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 半導体光露光装置 / パラダイム / コミュニティ / 専門経営者 / 所有と支配の分離 / ガバナンス / 会社の寿命 / 生存確率 |
研究実績の概要 |
研究は主に三つの方向性で行われ、それぞれ英文論文として発表している。 (1)かつて半導体の光露光装置は、Rayleigh criterionを使って、解像度で技術的限界を迎えると予想されていた。ところが実際には、【鏡系/等倍/一括露光】から【レンズ系/縮小/分割露光】へとアーキテクチャが変わると、予想された解像度の限界を超えて光露光装置の微細化が進んだ。限界を予想した際に用いたRayleigh criterionこそが、Kuhn (1962)の コミュニティのパラダイムの典型であり、それに則って、解像度向上が実現されてきた。 (2)経済学のコーポレート・ガバナンスの議論では、株式の所有構造は説明変数として扱われる。それは、Berle & Means (1932)が、株式の広範な分散が専門経営者による経営者支配を進めたと説明する図式そのままである。ところが、Chandler (1977)が描く当時の電話や鉄道の事例を検討し直すと、電話では因果関係の矢印はむしろ逆向きで、優れた専門経営者が資本の大規模化を進め、その結果として、株式の分散化が進んでいた。鉄道では、そもそも管理業務はあまりにも複雑で、特別な技能と訓練を必要としたために、経営は専門経営者に任されたのである。要するに、所有構造は所有と支配の分離の説明変数ではなかった。実際、当時の日本では、所有の分散のない財閥で専門経営者が台頭していた。 (3)今からちょうど30年前の1987年、「会社の寿命30年説」が話題になっていた日本で、30年後にあなたの会社が生き残っている確率を質問した調査を、日本の大企業11社のホワイトカラーを対象にして行った。その時の「確率」の平均は72%だった。30年後の2017年、575人中127人が所属していた会社2社は生き残れなかった。つまり78%は生き残ったことになる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
強い企業文化と革新の両立性の研究としては、次のような進捗があった。 (1)コミュニティの何かが、革新に影響を及ぼしていると考えているわけだが、その一例として、Kuhnのコミュニティのパラダイムを考えている。実際、過去には半導体の光露光装置の技術革新において、Rayleigh criterionがパラダイムとして、決定的に重要な役割を果たしていたことが分かった。 (2)経営上のイノベーションを促進するためには、コーポレート・ガバナンスが重要であるというような、やや本末転倒の議論も見られるが、それに対する反論、反証として、実は、所有構造は所有と支配の分離の説明変数ではなく、因果関係はむしろ逆であり、優れた専門経営者が資本の大規模化を進め、その結果として、株式の分散化が進んでいたことを明らかにした。そして、 (3)そもそも両立していることをどんなパフォーマンスで測るのかという課題があったが、それに対する一つの答えは「寿命」もしくは「生存確率」であり、それに関する考察を行った。 以上のことから、まだ全体を総括するには至っていないが、研究の基本的なパーツがほぼそろいつつあるので、おおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
強い企業文化と革新の両立性を研究するに際して、今後は、次のような方向性で推進する必要がある。 (1)Kuhnのいうところのコミュニティのパラダイムが重要だという事例はみつかったのだが、それを一般化することができるのか、また、日本企業のような長期雇用が前提の会社の場合には、コミュニティの存在を仮定していいのか、研究を進める必要がある。 (2)近年、日本の資本市場では、必要以上にコーポレート・ガバナンスが重要であると強調されており、実際には、ガバナンスが革新を阻害しているのではないかという懸念をもっている。革新は、強い企業文化とは両立できる可能性があるが、果たして、ガバナンスとは両立しうるのか、証拠と事例を集める必要がある。 (3)両立していることを測る指標として「寿命」もしくは「生存確率」を有望な候補として考えているので、これらに関するデータの収集を進めていきたい。そのためには、今後は、業種や業態を絞って、比較可能な企業の事例、データを収集する必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
英文論文2本分のAPC (Article Processing Charge)として計30万円(=15万円×2本)の支出を予定していたが、論文の執筆・査読が遅れたために、年度末に間に合わず、次年度使用額が生じてしまった。次年度は最終年度でもあるので、年度内にきちんと論文を出版し、APCを支払う計画である。
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